"タイ語"で劇をやったことがある。

小学生の時、自治体の取り組みだったのか、授業で複数の外国語による演劇をやることになった。

ALTという言葉が聞かれ始めた頃で、私が通っていた地方の公立小学校にも外国出身の英語話者が赴任するようにはなっていたが、他の言語に触れる機会はたしかこの時だけだった。

外国語で演劇をやるにあたって児童に言語指導をしにきた方々は、私の記憶だと3人。英語、タイ語、それからガーナの言語を、それぞれフィリピン、タイ、ガーナの3カ国出身の先生(？)が指導しに来校した。私が選んだのはタイ語だった。理由は覚えていない。これぞ"なんとなく"である。

演目はなんと、桃太郎。桃太郎を、日本語母語話者である子供たちが三つの外国語で演じるのだ。

言語指導が始まった。タイ語班は一つの教室に集められ、まず誰もが知る桃太郎の日本語版をプリントした用紙が配られる。タイ人の先生がそれを一文ずつタイ語に訳して発話するので、それを聞き取って和文の下に書き起こせという。なんて原始的なやり方だ。子供たちは耳慣れない言語音にワイワイガヤガヤとリアクションしながら、聞こえたままにカタカナでタイ語を書いていく。

文字など一切学ばないのはもちろん、細かな発音指導もない。フォネティックさえ扱わない。その聞き書きを暗記して行うタイ語桃太郎がどんなクオリティーなのか、説明するまでもないだろう。もっとも、小学生が一学期内で熟達した外国語活動ができることなど学校は想定していなかっただろうし、"触れさせる"ことが目的だったんだろう。

本番で子供たちの"タイ語"劇を参観するのはもちろん、児童の親と先生、つまり全員が日本語しか解さない人である、私の記憶では。だから言語をちゃんと習得しているかどうかは問題ではないし、誰もジャッジできない。

とりあえず、多言語桃太郎は賑やかに上演され、児童も親も先生も楽しそうだった。

ちなみに私の役回りは、ナレーションだった。演技を伴わないラクなポジションである。大人になった今でも覚えているセリフは冒頭の「むかしむかし…」のような意味だと教えられた"ナンマレーウ"という音だけ。

この我流フォネティックがタイ語をある程度転写できているのか、意味はあっているのか、今日までタイ語を学んでいない私は今でも分からない。

外国の言葉や文化にずっと興味があって、それが進路にも一部影響してきたというのに、この時のタイ語体験は残念ながら私に直接の影響を与えることはなかった。公教育は捻くれた子供をその射程に捉え得ない。

それよりも、生意気な子供だった私が気になったのは、学校側が"ガーナ語"という用語を当たり前のように用いていたこと。まあ、この話はここでは広げない。

のちに東南アジアの言語を学ぶことになりながらも、現地の食事はあまり口に合わず、外国語仲間と御茶ノ水のタイ料理店に行けばパクチーが入っていないかビクビクしながら小料理をつまんで、あとはひたすらビアラオ(ラオスのビール。せめてシンハーとか飲めよ)ばかり飲んでいる始末である。

タイ、ラオスに関しては地域研究や歴史を扱った一般図書を読んで自分なりに関心を持ち続けてきた。面白く具体的に学べる本がたくさん出ている。言語も時間をとって勉強したいけれど、文字の習得も考えるとちょっと気が遠くなってしまう。それでも時々、参考書の文面を紙に書き写していると楽しい。

そうだ、インデックスをよく眺めれば"むかし"にあたる語があるかも知れない。習得は難しくても、"ナンマレーウ"の一歩先に進みたい。

むかしむかし、ある所で起きたタイ語の話。

【タイ語】三言語で桃太郎