どんな言葉が人の心に伝わるのか?

それはわかりません。

 

患者様に「この前、先生に言っていただいた言葉がすっと自分の中に入ってきて、大分良くなりました」ということをよく言われますが、どのような言葉がどのようなタイミングで伝わるのかはなかなかわからないものです。

このブログだってそうですね。

正直に告白すると、「今回はちょっといいことを書けたかな」と思ったブログの反響が悪くて、「今回は雑談のような話だけれどそうしたものもいいかな」などと思って書いたブログの反響がすごく良かったり・・。

ほんとわからないものです。

 

ただ確率の高さというのはありますね。

若かった頃は「先生の言葉が自分の中に入ってきました」というようなことは全く言われませんでしたが、最近では、月に何度かは言われているような気がします。

日々、人の心を見つめ、自分自身を見つめる。

自分も人も少しでも幸せな方向に向けられないかを学び、腑に落ちるまで深く考え、実践に移す。

そうした経験の積み重ねの中で、人への洞察力が高まり、相手に伝わるような言葉を発する確率が上がるのかもしれません。

 

ただひとつ言えるのは、「相手の心に伝わるような名言、あるいは一転語(迷いを転じて悟りを開かせる一語)でも言ってやろう」などと思って話して、相手の心に伝わることはほとんどありません。

名言や一転語を言ってやろうという心には、自我我欲の思いがあり、自我我欲の思いでもって、人に影響を与えるような言葉を語ることはできません。

大事なのは、どの言葉が伝わるかわからないけれども、ただ相手の心をじっと見つめ、少しでも心に響くように自分の持ちうる最善の言葉を誠心誠意、伝えようとする無私の心です。

無私という言葉は少し難しいかもしれません。

無私という言葉を平たく述べるなら、自分がどんなふうに見られるだとか、自分がどんなふうに評価されるだろうかとかを考えない心です。

ただ純粋に相手のことだけを思う心です。

 

日々の研鑽による洞察力の向上とともに、自我力ではない無私の心が合わさったとき、まさに奇跡のように、相手の心に伝わるような言葉を発することができるのかもしれませんね。