朝ポストを見るとマンションから、昼からベランダの防水加工だ洗浄だのお知らせが入っていた。外壁工事のスケジュールのホワイトボードを見たらそう書いてある。ポストが一番下なので、奥にある郵便物などよく取りそこなう。 今日は12月の展示のため画廊が作品の受け取りに来る。普通の住まいを使った、国立にできたばかりの画廊である。廊主とは旧知の間柄なので、急遽時間を変更してもらいベランダの片付け。自業自得とはいえ、朝っぱらから苦手なことをするのは辛い。その間廊主からの『ベランダって胸のでかいイタリヤ女みたいっていったのは吉田戦車』などというメールも幸い気付かず片付け。 何かの折に展示しようと思っていた『屋根裏の散歩者』用の“屋根裏”がでてきた。しかしもはや崩壊し展示できる状態ではない。 作家シリーズ。最初に浮かんだのが尻をはしょって屋根裏から下の部屋を覗く江戸川乱歩であった。しかし制作したのは随分後である。屋根裏といってもイメージ通りの屋根裏など、どこを探せば良いか判らない。しかも作中の屋根裏は新築の木造である。 初出版に向け、打開策がないまま『屋根裏の散歩者』を手がけることは決めていた。丁度その頃、デジタル作業を続けるには一台目のパソコンが力不足になっており、二台目を購入した。大きい段ボールが届いた。パソコンを取り出し、何気なく蓋を内側に折り曲げたところ、屋根を内側から見たような角度になった。『屋根裏!』これが屋根裏になった。夜中に暗くした部屋で下からライトを当て、チンダル現象といったか、床の穴からの光を視覚化するため、当時吸っていたタバコの煙を漏れる光に向けて吹きかけては撮影した。夜中にこんなバカなことをやっているのは私だけだろう。こういう時である。快感物質が私の脳内に溢れるのは。こんなことを書いていると、再び乱歩を手掛けたいという“蟲”が涌いてくる。しかし乱歩が優しいオジサンだと思ってうかつに懐に飛び込むと、巴投げをくらって投げ飛ばされるのは、成功とはいえない数々の映画作品を観れば判ることである。私はこうみえても創作行為自体に酔っぱらうことはない。乱歩との間合いは心得ているつもりである。

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