私が銭湯の更衣室ででインスリンを注射しているのを見たおじさんから話しかけられ、糖尿病であることを指摘されました。
さらにそのおじさんは浪曲のように話を続けます。
「各方(おのおのがた)も知っている通り、腎臓というのは2つある!」
(ベベン!)
「心優しきその兄は、弟のためになるのなら、と自分の2つあるうちの1つの腎臓を弟のために移植することを決心したのでありました!」
私も含めたギャラリーは、銭湯の更衣室でほぼ裸のまま、そのおじさんの話を聞いていました。
「確かに腎臓は2つあるが、これは健常者が普通に生活できるようにわざわざ2つある。つまり、それだけ重要な臓器なわけだ。」
調子に乗ってきたおじさんの口上はさらに盛り上がりを見せます。
ギャラリーも「うん、うん」とうなづいています。
「その大切な臓器を、弟が苦労するのは耐えられない!ならば自分の1つの腎臓を弟にあげる、と思ったこの兄弟愛!すごいだろ?」
誰もが「うん、うん」とうなづいています。
「そして心優しき兄から弟へ腎臓が移植された!」
ギャラリーは固唾を飲んで話の続きを待ちました。
「で、どうなったのよ!?」
待ちきれないギャラリーから声がかかります。
「うん、それがな」
と言った後、
「一応、手術は成功した」
私たちはそれを聞いて、すごく嬉しくなりました。それを聞いていた誰もが、顔を明るくしたはずです。
「しかーし!」
「しかし、弟はせっかく新しい腎臓を手に入れたのに、拒絶反応が出て、手術後すぐに亡くなり・・・」
さらにおじさんはまくしたてます。
「あろうことか、その兄も移植手術後の経過が悪く、帰らぬ人に!」
思わぬ結果の話に私たちは、何も言えずお互いの顔を見合わせるばかりでした。
さらに続けて
「なんと、糖尿病は弟だけではなく、健康だった兄の命まで奪ってしまった、と」
その場にいた、誰もが固まった状態でした。
そんな私達の反応に満足したのか、そのおじさんは
「ということで、糖尿病はほんとに怖いぞ!」
「ということで、各方も、くれぐれも糖尿にはならないように!」
「というわけで、あんちゃん(私のこと)、糖尿病は治らないけど頑張ってな!」
と続け、
「では!」
という言葉を残して、上機嫌で洗面器を抱えて帰っていきました・・・
私が周りを見回すと、糖尿病の私を哀れだと思ったのか、急に私から目をそらして離れていき、慌てて服を着て帰っていきました。
そんな話を聞いた後、せっかくの友人との夕食も、その夜は暗い話題になってしまいました・・・
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