#3 近藤翔太郎「トップにいることに満足している自分が恥ずかしかった」 | 同志社大学フットサルクラブTREBOL

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セカンドセットのワンポイントとして今年1年間チームに貢献した近藤。ここまでくるのにどのようにフットサルと向き合ったのか。

僕がこのチームに入ったのは、競技レベルでフットサルができる環境に魅力を感じたためです。高校の先輩から話を聞いて入部を決めました。

トップには3回生になる頃に上がりました。先輩が引退し、その時にトップに上がった多くのサテライトのメンバーのうちの一人でした。


4年間で最も印象に残っているのは、4回生のインカレ関西大会です。僕のこれまでのインカレは、1回生の頃は全国優勝をスタンドで経験し、2回生の頃はメンバーには入ったけどベンチ外、3回生の頃はメンバー外だったので、今年こそは全国の舞台に立ちたいという思いがありました。

初戦を立命館と引き分けてしまった上、立命館が帝塚山に17−0となった時、正直終わったと思いました。さらに帝塚山との前半で4−0で折り返した時は試合が終わっていないのに泣きそうにまでなりました。

しかし、諦めている人はいなくて、終わってみれば20−2と、あの時のチームは応援もプレーも最高でした。決勝では苦しんだものの負ける気は一切せず、優勝して全国を決めた時は体が震えました。


4年間で最も辛かったのは3回生の頃から4回生の初めの頃です。トップにいるものの試合にはほとんど出ることができませんでした。

さらに、チームの仲がごちゃごちゃしていて練習にすら行きたくない時もありました。その時は何に対しても無関心で適当でした。サテライトに落とされるのは嫌やけど、練習はこなすだけという最悪の状態でした。

そしてそのツケがサテライト降格という形で4回生の初めに回ってきました。この時に初めて自分がトップの一番下にいることに気づきました。

サテライトの練習に行った時、多くの後輩と関わる中でチームの温かさを感じ、同時にトップに上がりたくて仕方ないやつもいることに気づきました。その時、トップにいることに満足している自分が恥ずかしくなりました。

そこから、フットサルに対する姿勢が変わったと思います。そして1ヶ月後トップに戻ることができました。


最後のシーズンでは、レギュラーとして定着することはできなかったけど、試合には出ることができました。正直、セカンドセットの4人からレギュラーを奪うのは厳しいと感じていたので、試合に出た時に何ができるかを常に考えていました。

裏を狙うのか、間で止まるのか、角を取るのか、深さを取るのか、高さを取るのか、僕は使われるタイプだったので、相手をどうかき乱すかばかりを考えていました。

監督がいない中で、練習や試合を見てメンバーを決めてくれるチームメイトを信頼して、他からの評価は気にせず、自分は試合に出られる努力をしました。

その結果、出場機会も少しずつ増え、VAXA戦ではフル出場できました。すごく楽しかったです。


最後に後輩たちに伝えたいのは、「自分を過大評価しない」ことです。自分の実力を受け入れて、周りとの差をはっきりさせることで、今自分が何をすべきなのかが見えてくると思います。なんであいつが出てんねんとか思うこともあると思うけど、自分に何が足りてないのかを考え直す習慣をつけて欲しいです。

あとは最後までやり続けてください。人によっていつが最後か分からんけど、最後は楽しかったと思えるはずです。個人的には4回が一番楽しかったです。頑張ってください。応援してます。