アンデパンダンというものへの期待度
雪で今日の稼ぎが流れたのでブログを書く流れ。
タイトルの件ですが、以前に某アンデパンダン展の講評を聞いていて思ったこと。
関係者からは二言目には「読売アンデパンダン」が出てきます。
赤瀬川原平さんの著書などで伝説化しているこの展覧会ですが、そのハチャメチャさがどうも印象に残るらしく、展評のなかで「もっと読売アンデパンダンみたいな」という枕詞とともに、「おとなしい気がする」「もっとどかーっとしたものがないのか」みたいな感想が出ます。
それも、明らかに読売~をリアルタイムでは見ていない世代の人から。
夢見過ぎなんじゃないの?
思うに、著書等を通して感じられる読売~のあのすごさは、当時でもやっぱり全体の中のほんの一部なんじゃないかと思うんですね。
それを現代においても一般化するのはいかがなものか。
あと、平たく言っていまは60年代ではない、ということかと。
今日的な目線からして、いまの時代が表しているリアルさに、目が行ってないんじゃないのか。
見る側に問題があると、はっきり言いたい。
みんな、出品をするからには自分の作った物を見てほしいとおもうし、評価もされたいと思うと思うんですよ。真面目に考えて、ものをつくる。
それは、現在を生活しているひとが、現在のリアルにおいて行為していることだというのが、当たり前だと思うんですね。
つまり作られているものには自然に時代性が出ている。
それがつまらないと思う前に、本当につまらないのか、もっとよく見ないといけないこともあるんじゃないか。
そうでないと、創作がデタラメになってしまう。というのは短絡でしょうか?
60年代にあった「他人がやってないことをやる」ということそのものに、いまは意味が薄れているわけでしょう。だからポストモダン論とかもあり得るわけでしょうし。
あらゆることがやりつくされて、改めて「なにをすべきかを再度考えている」のが今だと思うんで、表面的な似姿に惑わされていることの方が古い見方だと思うし、無責任だと思う。
折りも折り、ちょうどいま東京では、ハイレッドセンターと工藤哲巳のまさにアンデパンダン時代のヒーローの展覧会が同時に行われています。
(余談ですが同じタイミングにこの二つの展示をぶつけてくるのは、企画者同士が狙ってるんだろうな、言う気がします。気がするだけ笑)
僕はまだ見ていないこのふたつの展示をとても楽しみにしているのですが、いまの時代にこれらのようなものが発生する可能性について自分でもよく考えてみたいし、また、いま現在にこれらの作品群が本当にリアルな意味を持つのか、観る人、特に現代美術に関わっている全ての人に、よくよくよく考えてほしいとも思います。
タイトルの件ですが、以前に某アンデパンダン展の講評を聞いていて思ったこと。
関係者からは二言目には「読売アンデパンダン」が出てきます。
赤瀬川原平さんの著書などで伝説化しているこの展覧会ですが、そのハチャメチャさがどうも印象に残るらしく、展評のなかで「もっと読売アンデパンダンみたいな」という枕詞とともに、「おとなしい気がする」「もっとどかーっとしたものがないのか」みたいな感想が出ます。
それも、明らかに読売~をリアルタイムでは見ていない世代の人から。
夢見過ぎなんじゃないの?
思うに、著書等を通して感じられる読売~のあのすごさは、当時でもやっぱり全体の中のほんの一部なんじゃないかと思うんですね。
それを現代においても一般化するのはいかがなものか。
あと、平たく言っていまは60年代ではない、ということかと。
今日的な目線からして、いまの時代が表しているリアルさに、目が行ってないんじゃないのか。
見る側に問題があると、はっきり言いたい。
みんな、出品をするからには自分の作った物を見てほしいとおもうし、評価もされたいと思うと思うんですよ。真面目に考えて、ものをつくる。
それは、現在を生活しているひとが、現在のリアルにおいて行為していることだというのが、当たり前だと思うんですね。
つまり作られているものには自然に時代性が出ている。
それがつまらないと思う前に、本当につまらないのか、もっとよく見ないといけないこともあるんじゃないか。
そうでないと、創作がデタラメになってしまう。というのは短絡でしょうか?
60年代にあった「他人がやってないことをやる」ということそのものに、いまは意味が薄れているわけでしょう。だからポストモダン論とかもあり得るわけでしょうし。
あらゆることがやりつくされて、改めて「なにをすべきかを再度考えている」のが今だと思うんで、表面的な似姿に惑わされていることの方が古い見方だと思うし、無責任だと思う。
折りも折り、ちょうどいま東京では、ハイレッドセンターと工藤哲巳のまさにアンデパンダン時代のヒーローの展覧会が同時に行われています。
(余談ですが同じタイミングにこの二つの展示をぶつけてくるのは、企画者同士が狙ってるんだろうな、言う気がします。気がするだけ笑)
僕はまだ見ていないこのふたつの展示をとても楽しみにしているのですが、いまの時代にこれらのようなものが発生する可能性について自分でもよく考えてみたいし、また、いま現在にこれらの作品群が本当にリアルな意味を持つのか、観る人、特に現代美術に関わっている全ての人に、よくよくよく考えてほしいとも思います。
ゴッホ、ダメかっこいい
明晰さと稚拙さの両輪でガタガタだったゴッホの人間性について思う。
取り急ぎ。
取り急ぎ。
入門者向け絵の具にまつわる私見
これから絵をはじめようとされる方や、まだはじめたばかり、という方は、初心者だからといって恐縮して安いセットものを買うのは避けた方がいいですよ。
バラ買いとか、多少面倒でも、ある程度のレベルの材料を使う方が、使いにくい材料、道具に振り回されることがない分、上達への早道にもなります。これは極めて重要なことだと、僕は考えます。
つまり、セットものは、絵を描く上では死ぬほど使いづらい(持ち運びには楽だけど)。
巷に入門者向けのお絵描きセットというのが、国内外のメーカー各社からよく売られています。
僕も、初心者の方が「お店で勧められてきた」とお持ちになったものに触れる機会がたまにあるのですが、水彩にせよ油彩にせよ、この手のものは本当に使い物にならない!
各々の技法が持っている本来のテクニックが、おおよそ通用しないのです。
勘弁してくれ、と言いたい気待ちがしきりです。
セット入りの筆がかなり残念なものであって種類や本数が少なすぎることはまださておくとしても(これも大問題だけど)、とにかく絵の具がひどい。
油絵具なら、とにかく体質顔料が多すぎます。
体質の役割については検索すればすぐわかるのでここでは省きますが、早い話が色材の増量材にしかなっていない。
元通りの性能のまま量が増えるなら言うことなしですが、そんなうまい話があるはずもなく、絵の具としての着色力が大きく減ぜられていて、がんばってもがんばっても思うようにキャンバスに色が乗らず、いつまでたってもまともな色面が見えてきません。
もどかしくってしょうがない。まあ慣れもあるんでしょうが、効率悪すぎる。
透明水彩のセットには、むやみに白を混ぜただけの安易な中間色がやたらと入っていたりしますが、これ、技法上では透明水彩としては使えない。
JIS的な規格で透明水彩をどのように定義してるかは知りませんが、白を混ぜたらボディカラーになって不透明に近くなるもんです。水で延ばすと変なムラになるし。
使用時の顔料の分散率の奇妙なものや、合成染料系の色のきつい、しかも顔料混合されまくりの絵具ばかりじゃ、トーンの計算もできやしない。まあ、これも慣れですかね?(染料系絵具を否定している訳じゃないです念のため)
無駄に絵具や材料に凝ればいいってもんでもないでしょうけど、ある程度のものでないと、描くことの楽しみがわかりにくくなってしまう。
子供向けのおもちゃとしてなら仕方のない面もあるかもしれませんが、毒性に配慮してもそこそこのものは提供できるはず。
安けりゃいいってもんじゃないってことを声を大にして言いたい。
各メーカーさんにいみじくも良心があるならば、こういうものを商品として売ることは、是非ともやめていただきたい。
どのような基準で判断されているかはわかりませんが、初心者のためなんかには、まるでなりません。
冒頭に書いたように、慣れない人ほど、ある程度のものは使ってもらったほうがいいと思います。
バラ買いとか、多少面倒でも、ある程度のレベルの材料を使う方が、使いにくい材料、道具に振り回されることがない分、上達への早道にもなります。これは極めて重要なことだと、僕は考えます。
つまり、セットものは、絵を描く上では死ぬほど使いづらい(持ち運びには楽だけど)。
巷に入門者向けのお絵描きセットというのが、国内外のメーカー各社からよく売られています。
僕も、初心者の方が「お店で勧められてきた」とお持ちになったものに触れる機会がたまにあるのですが、水彩にせよ油彩にせよ、この手のものは本当に使い物にならない!
各々の技法が持っている本来のテクニックが、おおよそ通用しないのです。
勘弁してくれ、と言いたい気待ちがしきりです。
セット入りの筆がかなり残念なものであって種類や本数が少なすぎることはまださておくとしても(これも大問題だけど)、とにかく絵の具がひどい。
油絵具なら、とにかく体質顔料が多すぎます。
体質の役割については検索すればすぐわかるのでここでは省きますが、早い話が色材の増量材にしかなっていない。
元通りの性能のまま量が増えるなら言うことなしですが、そんなうまい話があるはずもなく、絵の具としての着色力が大きく減ぜられていて、がんばってもがんばっても思うようにキャンバスに色が乗らず、いつまでたってもまともな色面が見えてきません。
もどかしくってしょうがない。まあ慣れもあるんでしょうが、効率悪すぎる。
透明水彩のセットには、むやみに白を混ぜただけの安易な中間色がやたらと入っていたりしますが、これ、技法上では透明水彩としては使えない。
JIS的な規格で透明水彩をどのように定義してるかは知りませんが、白を混ぜたらボディカラーになって不透明に近くなるもんです。水で延ばすと変なムラになるし。
使用時の顔料の分散率の奇妙なものや、合成染料系の色のきつい、しかも顔料混合されまくりの絵具ばかりじゃ、トーンの計算もできやしない。まあ、これも慣れですかね?(染料系絵具を否定している訳じゃないです念のため)
無駄に絵具や材料に凝ればいいってもんでもないでしょうけど、ある程度のものでないと、描くことの楽しみがわかりにくくなってしまう。
子供向けのおもちゃとしてなら仕方のない面もあるかもしれませんが、毒性に配慮してもそこそこのものは提供できるはず。
安けりゃいいってもんじゃないってことを声を大にして言いたい。
各メーカーさんにいみじくも良心があるならば、こういうものを商品として売ることは、是非ともやめていただきたい。
どのような基準で判断されているかはわかりませんが、初心者のためなんかには、まるでなりません。
冒頭に書いたように、慣れない人ほど、ある程度のものは使ってもらったほうがいいと思います。
