白いシャツ着よう!
まっさらな気持ちで
悲しいこと つらいことも
洗濯しちゃおうぜ!
アキバ到着17時。UDXのイルミネーションは夕闇を縁取りはじめている。
空気は澄んでいるが、それほど冷たさは感じない。
見上げる雑居ビル。あれはあっちゃんが立ったバルコニーだ。
ああ、またここに来ることができた。それがどれだけ幸せなことか。
振り返ると歯が抜けたような空き地。神田食堂があった場所だ。
いつまでもあると思ったらいかんね。シアターも親も。
抽選は12順。センターは立ち見2列くらいまで埋まっていたが、上手5列(最後列)柱2に空席を見つけて着席。
上手とセンターがだいたい見渡せる良ポジションだ。
よかった。前回はセンター全然見えなかったもんな。「シルエットを堪能するのも乙」などと負け惜しみ言ってたけどさ。やっぱりよく見たいよ。
すぐ後ろの上手立ち最前に、ピンチケくんが3人。会話がよく聞こえる。
「ピンチケは立ちがアンパイ」云々と自分でピンチケって言ってるんだから間違いない。
高校の同級生なんだろうか。しきりにAKB体験や知識を披瀝し合っている。どの公演に入ったとか、自分の推しは誰だとか。栄は博多はどうだったとか。チケットはピンクながらそれなりの遍歴のある強者のようだ。
言葉のトーンに、高揚感が伝わってくる。そうだよなあ。いつ来てもワクワクするよな。
18 時30分。ウエストミンスターベルが鳴って影アナ。
「ずんちゃんか?」後ろのピンチケくんの一人がつぶやく。
あっぱれその言や過たず「山根涼羽でしたー」。
おお、やるなあキミ。言われてみれば微かに西のアクセントがあったが、聞き分けやすい声じゃなかった。
頼もしいぞ。今日日若い子はみんな坂道上ってるのかと思ったらさにあらず。こうやってちゃーんとシアターに通いつめて声だけどメンを当てる「ヤング」もいる。おっさんばっかじゃ、彼女たちも張り合いがないもんなあ。
オバチャが始まれば当然最大音量のmixだ。つられておじさんもちょいと口ずさんじゃったぞ。虎火人造繊維海女人造…。
ただうるせえ。声がでかい。でも全然不快じゃなかった。
それは「てもでも」のイントロが流れ、黒須と本間が出て来た瞬間だった。
柏木ポジに黒須、佐伯ポジには本間。
それを見た後ろのピンチケくんの一人がぼそっと呟いた。
「みかちぃ」。
前席のおじさんはびっくりしたぞ。今、この場所でその名前を聞くとは、思いもよらなかった。
佐伯美佳がパジャドラのステージを降りて10年。どう考えても、彼が直にみかちぃと会っているはずはない(僕もだけどさ)。
彼がどんなつもりで「みかちぃ」と呟いたのかは分からない。
「あのポジションはかつて『みかちぃ』と呼ばれた伝説のメンバーが立っていた場所だ」という、書誌学的・考古学的な知識に基づく感慨だったのだろうか。そういえば以前「てもでも」をやっていた内山なっきー奈月も、会ったことのない佐伯を思い起こしていたっけ。多くの人にとって(いや、限られた人かな)、今でも「てもでも」は薄倖だった佐伯美香の曲だ。
ひょっとしたら後ろのピンチケくん、「てもでも」の柏木と佐伯の映像を何度も何度も見て、TeamBオリジナルの「パジャドラ」を追体験して来たのだろうか。
かつての僕のように。
アイドルとはうたかた、泡のようなもの。ほんの一握りの大スター以外は、いっとき輝いてもすぐに儚く消えてしまうのが本来の定め。
でもここだけはこうやって記憶が次の世代に受け継がれていく。決して大きな声で語られることはないけれど、ちょいとした奇跡のようでもある。
それはやっぱりシアターの力なんだろう。
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さてステージ。
さすがに今日は泣かなかったけど、楽しかった。
前回いなかった16期の昇格組(黒須、長友、特に山根)が要所要所で場をコントロールしている感じ。ほんのちょっとのキャリアの差なのに、あっという間に成長していくのがAKBの醍醐味だ。そこに佐藤美波、本田、大竹、播磨らが食いついて行く。
山根涼羽。秘かに「16期のや行はヤバイ」と思ってた。つまり安田叶・山内瑞葵・山根涼羽だ。その3人をまとめて見る機会はもう無いのかも知れないけれど。ずんちゃん1人でも見られたよかった。落ち着いて若い子を引っ張ってって、はじけるところははじけて。
佐藤美波。前回でもそうだったけど、ホントのびのび、生き生き。同期の昇格組がリードしてくれている分、前回より自由に見えたかもしれない。
本間麻衣。 全然ぽんこつじゃなかった。ぼーっと突っ立っているシーンは目に入らなかった。それどころか、長い手足を生かした綺麗な表現もそこかしこに見られた。うまくなってるじゃん明らかに。そのせいか自己紹介での声援は一番多かった。
勝又彩央里。初見だったが目を引いた。AKBには珍しいべっぴんさん。こないだの「RESET」公演で、こじまこ横ちゃんと「制服レジスタンス」をやったそうな。うわっ見てえ、と思ったら後ろのピンチケくんも「ぜってー見てー」と呟いておった。
小林蘭。こんな子いたっけ? 先月のパジャドラでも会ってるはずだったが、見落としていた。やっぱりセンターがほとんど見えない場所じゃダメだなあ。少々荒いがキレのあるダンス。小柄だけど、踊っていると大きく見える。まだ15歳だがステージじゃ大人びて見えた。これからが楽しみな人に会えた。だからシアターは好きさ。
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ピンチケくんたちは、最後まで元気だった。
ひとりは途中からずっとメンバーの1人に向かって愛を告白し続けていた。
「大好きだー」って。君はオネストマンか大声ダイヤモンドか。
シアターで恋に落ちると後を引くよ。
ダメだよ越えちゃヤバいラインを越えちゃ。
切ない気持ちに留めてせいぜい金を使うんだよ、とおじさんからの大きなお世話。
それと坂道に流れるなよ。まあシアターの魔法の粉を吸っちゃったらもう戻れないか。
終演後の余韻、彼らはお見送りを待ってる間「『白いシャツ』マジ神だ」って興奮してた。
そうそう。そうだよなあ。オワコンだの不祥事だの、全部洗濯しちまえばいいんだよ、なあ。
ホントは
激しい嵐を
力に変えろ!
って言いたいところなんだが、これも不祥事なんでイヤんなっちゃう。って曲に罪無しだと思うんだが、どうよ。