話している間 数回に分けて麻酔を打ったので 左上"親知らず" 抜歯の準備は万端になっていました

「それじゃあ 抜くよー アッ そんなに大きく開かないでね チョットだけ縦に開いてね」

大きな口を開くと口角が突っ張っちゃって 一番奥にある ”親知らず” の周囲にヘーベル(エレベーターとも云う)が入らないのです

それぞれの歯に基本的な "抜き方" があるのですが 上顎の "親知らず" の場合は 唇の緊張を緩め チョットだけ口を開いてもらい 緊張が解けた口角を開いて "親知らず" の歯冠(歯肉の上に出ている部分)の根元にヘーベルを入れて ”てこの原理” で歯をゆっくりと起こして行くんです ゆっくりやらないと周囲の骨も一緒にくっ付いてきちゃうこともあるので ゆっくりと確認しながら抜くんです

 

「おっけ~ ご苦労さん 抜けたよ~」

「えっ もう抜けたんですか?」

「うん 上(上顎)は10秒 下(下顎)は10分だよ はい この綿を噛んでてね~ ”圧迫止血” と言ってね 歯肉の炎症がない場合には綿を5分も噛んでいれば出血は止まります」

「これから腫れますか?」

「いや 『全く』と言っていいほど腫れません 下は腫れるけどね…」

「先生! 下の "親知らず" も抜けますか?」

「もちろん! でも今夜はイヤだよ オレも寝たいから 朝7:00から診療だからね」

「はい この次でダイジョブです」

「じゃあ 次回は残り3本 全部やっちゃおう!」

「えっ! でも腫れるんですよねぇ…」

「うん 腫れるし 口はねぇ 数日間は半分しか開かなくなるし 唾液を飲み込む時に喉が痛いよ 顎の下にあるリンパ腺が翌日から腫れるからね」

「そうなんですかぁ…じゃあ 年末かな…」

「うん それがいいよ じゃあ 止血確認するからね…」

 

「はい! OK! 止まってます」

「こんな遅い時間にすいませんでした」

「いやいや ぜんぜん 仕事は趣味みたいなもんだから…」

「えっ? そーなんですか?」

「うん 人生66年のうちで今が一番楽しいよ」

「歯医者って 大変でしょ??」

「いや 楽だよ オレさあ 歯医者13個目の仕事なんだけどさぁ いっちばんラクだよ」

「へー…オレ いま 悩んでるんですよ」

「何を?」

「人生これでいいのかなぁ…って」

「うん わかるわかる オレもそうだったよ 10代20代は地獄だったよ 『人生つまんねぇなぁ…』って思ってた

でさぁ 35歳(正確には34歳)の時に受験したんだよ 『人生を変えよう』って思ってね」

「どうしてですか? キッカケは何ですか?」

 

会計を済ませてから

「なぁ おまえも歯医者にならないか?」

「無理っすよ そんなに頭良くないからぁ…」

「いや 頭の良し悪しは関係ない 受験は根性とテクニックだよ 能力云々があるとすれば 机に10時間張り付いて勉強できるか否か…だね 何時間も勉強を続けられることが能力だよ」

「あっ それは出来そうです オレこう見えても高校時代トップの成績とったこともあるんです 横浜でもアホな高校ですけど…」

「それはすごいよ たとえアホ高校でもトップはなかなか取れないよ おまえ 受験考えろよ」

「マジっすか…もう ずっと勉強してませんから…頭が受け付けないっすよぉ」

「いや そんなことはない ホントに10時間机にしがみつけるのなら…ね」

「いくらかかるんですか?」

「カネか?」

「はい…」

「オレは国立だから100万ちょっとだったけど 私立だと2500万くらいかな…」

「えっ! 2500万ですかぁ?」

「うん だけど昔に比べたら それでも安くなったよ うちのセガレの時なんか4500万くらいかかったから」

「そりゃあ無理っすよ」

「いいか 受かりさえすればカネは何とかなる 宝くじ当たらねーうちに使い道決めるか? 順番が逆だろ? 受かったらカネ出してくれるヤツはいくらでも出てくるよ 受かってもいないのに『カネ出してちょうだい』って言ったってムリに決まってるだろ!」

「なるほどぉ…」

「まぁ 人生悩むことは大いに結構 まだ21歳だもの いくらでも何にでも挑戦できるよ」

「そうですね 考えてみます…」

「うん そうしてよ 歯科医になったらオレがミッチリと仕込んでやるからさ とにかく相談したいことがあったら電話くれよ」

「はい(笑)今夜はありがとうございました」

「いえいえ 気をつけて帰ってよ」