(2003年に作っていた自分のホームページからの転載)
「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」 (1999)
1999年に水戸芸術館で開かれた「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」は、自分が現代美術を本格的に好きになるきっかけとなった展覧会の一つである。
これは、20世紀初頭のロシアの画家シャルル・ローゼンタールの回顧展である。
絵画における光の表現にこだわったローゼンタールは、初期の余白の多い絵画から、画面の一部に穴が開いていて後ろから光る作品、ボタンを押すと画面の一部が光る巨大な絵画と発展したが、事故により若くして亡くなった。
死後のアトリエに残されていたのは、鉛筆でロシアの生活が描かれた白い絵画のシリーズだった。それが完成作だったのか、下書きだったのかについては、評論家の意見が分かれている。水戸芸術館の展覧会では、ローゼンタールの初期の作品から、最後の白い絵画のシリーズまでが集められている。
…と書くと普通の回顧展のようだが、大きく異なる点がある。
それは、ローゼンタールが架空の画家であるということだ。
この展覧会に出品されているものは、絵画作品、当時のローゼンタールの日記からの引用、評論家のことば、全てが、ロシアの現代美術作家イリヤ・カバコフの作品である。この展覧会全体が、カバコフのひとつの作品なのだ。
ローゼンタールが生きた時代は、ロシアで前衛美術が流行ったロシア・アバンギャルドの頃であり、彼が亡くなった1930年代以降、前衛は弾圧され、社会主義を讃えるリアリズム絵画以外は描けないようになる。前衛弾圧の中で消えていったローゼンタールのような画家は、実際にたくさんいたのかもしれない。
カバコフの作品はだいたい、ロシア(ソビエト)がテーマになっている。
また、この展覧会のように、作品全体がフィクションになっているものが多い。
「アパートから宇宙に飛び立った男」 (1985)
1985年、初めて国外で発表された大作。
ロシアで夢を追って生きた男が、自作の機械を使って宇宙に飛んで行った。
彼が住んでいた部屋がそのまま展示されている。
(写真は、パリのポンピドゥーセンターで撮影。)
ばねとゴムのついたこの機械で、飛び立ったらしい。
壁には、プロパガンダのポスターがたくさん貼られている。
模型を作って研究していた。
天井を突き破って飛んでいった。
もちろん、これもフィクション。
発表された当時は、ロシアのぼろい共同住宅を模した会場にこのような部屋が10個展示され、「10人の人物」という作品だった。
宇宙に飛び立った彼のほかに、自分の描いた絵画の中に消えていった男や、物が捨てられずに全ての持ち物にラベルを貼って分類・整理した男などがいた。
この作品が発表された1985年、カバコフは50歳を越えていた。それ以前は、ロシアでほ絵本の挿絵作家をやりながら、密かに美術作品を作っていたらしい。
「棚田」(完成当初の名前は「米が実る里山の5つの彫刻」) (2000)
欧米で人気作家となったカバコフは、その名声を武器に大掛かりな作品を各地で制作している。
この作品は、第1回越後妻有アートトリエンナーレの作品。新潟県松代町に広がる美しい棚田の風景。その田んぼの中に5つの彫刻を設置し、鑑賞ステージから眺める。詩の書かれたフレームを通して、棚田の風景を1枚の絵画にした、スケールの大きな作品。
ある時期以降は妻とイリヤ&エミリア・カバコフとして制作する。
つづく