磨羯宮 26.灯りを消して歩く

―12月26日―

データの復元は思ったより早く終わった。
半ば無理を言ったようなものだったが、知人は快く引き受けてくれた。
「見た所だと水没させられたみたいね。この程度なら復元できるかもしれないわ。」
そういえば、顕から聞いた話では夢美はこの携帯電話をお冷のコップに突っ込んだのだという。
『すみません、僕が間違えてこれを出したりしなかったらあんなことには…』
間違えて、か。
そりゃあ仕方ない。顕と千明の携帯電話は色が違うだけで外観がそっくりな機種だったから、もしちゃんと見ずに取り出したとしたら間違えるのも無理はないだろう。
千明が生きていた時は、よく携帯電話があべこべになることがあるのだと、あの子が笑って話していたこともあったっけ―――
などと一人思い出に耽っている間に、データの復元作業は終わっていた。
「できたわよ。」
私の方に振り返った知人の表情は、妙に硬かった。
「ところでこれ…警察にでも持っていくの?」
彼女が見せてきたパソコンの画面に映っていたのは。
「これだけデータを取ってるなら、十分名誉棄損で告訴できるでしょうけど…
 このスマートフォンの持ち主って、あなたの知り合い?」
―――見覚えのある、掲示板だった。
「…あのさ。もう一つ、頼んでいいかな。」
私はそれを目にした瞬間、彼女の質問に答えることなく口を開いていた。
「その掲示板の書き込みしてる奴――― 一人だけハンドルネームを使ってる奴の書き込み元をたどることって、できる?」


部屋の灯りを消して、廊下を歩く。
家に戻ってから、千明が遺していたデータを何度も何度も読み返していた。
思わず怒りで紙を握りつぶしそうになるくらい、何度も何度も読み返した。
正直言って、輪にこれを見せるのは心苦しい。だが、あの子のためなら見せなければいけない。
あの子は、こんな悪人と一刻も早く縁を切るべきなのだ。
そして、顕も。こいつとの縁を切り、過去に決着をつけるべきだ。
身勝手かもしれないが、やるしかない。
私は水をコップ一杯飲み干すと、顕に電話を掛けた。
「明日、もう一度夢美に話をつけよう。
 輪も呼び出して、私も一緒に行く。
 今度は三対一だ。確実に負けやしないよ。」