ふりさけ見れば(118)… モリタ式速記法 | 個人用途の新速記法 EPSEMS(エプセムズ)

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 草書派理論(CURSIVE THEORY)に基づく
  日英両言語対応の手書き速記法

ふりさけ見れば(118)


    安部龍太郎
    西のぼる 画


二号船以下三隻も、二百尋(ひろ)(約三百メートル)ほどの間隔をおいて従ってくる。白い船体と朱色に塗った船縁や船屋形が、青い大海原の中で際立っていた。

航海二日目、背後の陸地も見えなくなるほど沖に出た頃、前方の海の色が変わった。濃紺、いや藍黒色の海が青い海とくっきりと一線を画して広がっていた。

「あれが黒潮だ。我らを祖国へと導いてくれる海の道だ」

船人が舳先に立って告げた。

真備らは知らないが、黒潮の幅はおよそ百キロ。東シナ海を時速約六キロで南から北へと流れ、種子島の南のトカラ海峡を通って太平洋へ抜けていく。

また分流はそのまま北上し、対馬海流となって日本海に流れ込み、津軽海峡から太平洋へ抜ける。

時速約六キロだから、一日で約百四十四キロを進む海の歩く歩道である。だから蘇州の沖で黒潮にうまく乗り、嵐にさえあわなければ、九州に着くのは比較的簡単だった。

二日目までは、四隻は隊列を維持したまま航海をつづけていた。夜になると一号船は船尾に、他の三隻は舳先にかがり火を焚き、互いの位置を確かめながら北東に向かっていく。



あいにく曇り空で星も月も見えず、あたりは漆黒の闇に包まれている。その中を進む四個の灯火の列は、人間の営みの微力と偉大さを二つながら表していた。

三日目の早朝から風が出てきた。真冬に吹く北西の強風で、後に水夫(かこ)たちが鉄砲西と呼んで恐れることになる難風である。

この風に流されて黒潮の流路からはずれたなら、船はどこに流されるか分からない。そこで船人は帆を下ろし、右舷の艪をこがせて舳先を風上に向けながら黒潮の上にとどまろうとした。

こうした状況になると船長の判断と水夫たちの熟練度によって、船の進路は大きく変わる。四隻の隊列は見る間にくずれ、散り散りになって一隻も船影を見ることができなくなった。

「船人どの、今どのあたりでしょうか」

真備は九州から唐までの航路を記した略図を持っていた。

「阿兒奈波嶋(あこなはじま)の乾(いぬい)(北西)、奄美に近い所だろう」

船人は地図も見ずに答えた。


(日本経済新聞より)