あの子と初めて会ったのは避暑地の喫茶店だった。。
住み込みのアルバイトをしていた私は休憩になるとこの店で一休みしていた。。
マスターがちょっと素敵でレコードが良くって、キングクリムソンやウィッシュボン・アッシュなんかが流れていた。。
ここで一杯のコーヒーを飲みながらマスターやバイトの男の子とお喋りをするのが結構、楽しみになっていた。。
それが、ある日、私の楽しみに横からもう一つ、声が聞こえてくるのに気がついた。。
それが会話に混じるわけでもなく、ポソポソっと。。。
お互いを意識しているのは間違いなかったけど、当人に声を掛ける事はまずなく、いつもマスターに話し掛けるようにして、なんとなく会話していたような感じが続いていた。。
私は右の端に。。彼女は左の端にいつも座っていたっけ。。
こんな抗戦状態が続いたある日、マスターが気を使ってか。。
「そう言やぁ。。みほとよしこは同じ大学じゃないか?」
「私はJ美の短大の2年だけど。。」
「あ。。私は四大の方の一年。。」
「あ。。そう。。」
折角作ってくれたマスターの気遣いもこんなぶっきらぼうな会話で終わってしまうくらい。。
彼女は私より一つ、年下か。。


一つ年下のあの子の妙に気が強そうで、人を見下したような物言いと、プライドの高さが鼻について。。
だけど。。ナチュラルな物腰と育ちの良さそうな雰囲気は否めなかったけど。。


ある日、いつものように休憩に行くと、誰かが乗り捨てたタンデムが置き去りになっていた。
「悪いけど、あそこの貸し自転車屋まで置いてきてくれないか?コーヒーご馳走するよ。。」
悪い話ではない。。
「うん、いいよぉ~~やったぁ~~ごちぃ~~」
外に出ると、丁度そこにあの子が来て。。
「おっ!よしこ、おまえも一緒に行って来たら?」ってマスターの問いかけに、一瞬、あの子の顔が曇ったものの。。
「うん。。。」
と言うと、私の後ろに立っていたっけ。。
「じゃ、私が前に乗るから、よしこさん、後ろに乗って。。」
「うん、私はどうせ、後ろにしか乗れないけどね」
「ん?」
その時はまだ私は状況が飲み込めずにいた。。
貸し自転車店まではすぐだったから、旧道をまわってちょっと遠回りすることを提案した。。勿論、良かれと思って。。
旧道は下から上に向かって上り坂になっていた。。
でも、二人乗りのタンデムならなんてことはない。。
ところが、重い。。後ろに誰か乗せているように重い。。
見ると、Y子は硬い表情で下を向き、ちっとも漕いでいないではないか。。
「ねぇ、ちょっと漕いでよ。。坂なんだしぃ~~」
「うん、わかってるんだけど。。できないのよ」
「え?もしかして、自転車、乗れなかったの?」
「怖いのよ。。乗れないわよ、自転車なんか。。もぉ~~降りるわよ」
振り向きざまに見た彼女は目に涙を貯めていて、口を尖らせて。。
その瞬間、なんでだか、急に彼女に親しみが湧き、とても可愛らしく感じてしまった。。
「降りるなんか、言わないでよ。。よしゃあ~~任しときぃ~~行くぞぉ~~」
そうよ。。タンデムって思うから。。彼女、乗っけて旧道走っていると思ったら
「怖いよぉ~~みほちゃん、やだぁ~~きゃははははぁ~~」
涙ぐんでた彼女の顔に笑みがこぼれ、他人行儀だった物言いが砕けた感じに変わり、二人の距離感が一気に縮まったようだった。。


私達はそのまま貸し自転車屋に行かずにUターンして、雲場の池の方迄サイクリングに出かけた。。
そして、池のほとりにしゃがみこみ、今迄の距離を縮めるためのおしゃべりをした。
「あのさ。。私、あなた、嫌いだったよ。。」
「あら。。偶然、私もよ。。気が合うわね(笑)」
「ほんとだ。。でも、今はもう好きになったわ。。」
「これまた偶然、私もあなたが好きになった。。」


そこには気が強そうで、人を見下したような物言いをするプライドの高そうな様子は微塵もなくなっていた。。
ハイヤーで学校に通っていた関西のお嬢様にとって、自転車は今迄縁のない乗り物だったそうで。。乗る機会も無かったらしい。。
皆がいとも簡単に走らせていたので、楽な気持ちで乗ったらしかったのだ。。
「あんなに不安定だとは思わなかったわ。。信用できない乗り物ねぇ~」


お互いに我を張り合っていた数週間が瞬時に消えた出来事だった。。
あれ以来、彼女との仲は今も変わらなく続いている。。
彼女の涙にうるんだ瞳の何物にも例えがたい素な心が、私の心に入り込んで、今も輝きを放っている。。