野ばら

テーマ:

家族ぐるみで仲良しだったひでちゃんの家の生垣は、この季節になると、とってもいい香りがした。。
真っ赤な野ばらの生垣が長く続くひでちゃんの家はお家も大きくて、ママさんはいつも素敵なお洋服を着ていた。。
家も近かったからよくひでちゃんの家に遊びに行ってたっけ。。
大きくて、優しくって、でも、用心深くって泣き虫だったけど、私はひでちゃんが大好きだった。。
ひでちゃんのパパはそんなひでちゃんが元気の良いわんぱく坊主だったら良かったって思っていたみたいで、塀から平気で飛び降りる私を「みほお~~♪」って呼んで、ひでちゃんのことを「ひでこちゃん」なんて言ってからかってた。
そんな時でもひでちゃんは何も言わずにニコニコしてた。。
ひでちゃんのパパはひでちゃんが本当はとっても力持ちだってこと、知っていたのかな。。
一緒に遊んでて、突然、私が喘息、起きちゃった時なんか、おんぶして家まで送ってきてくれたりもしたことを。。
乱暴で、平気で虫を殺しちゃったりする男の子だったら、私はひでちゃんとあんなに仲良しにはならなかったと思う。。
ひでちゃんには2歳上におにいちゃんがいて、そのおにいちゃんが怖かった。。
大きなひでちゃんよりもっと大きくって。。でも、ひでちゃんよりほそっこかったけども。。
ひでちゃんのパパはきっとおにいちゃんみたいにおっかないのが強い男の子って思っていたのかもしれない。。
私がいてもおにいちゃんはひでちゃんのこと、いじめていたし。。
そんな時、ちびの私にはなんにもしてあげられなくって、心の中でずっと唱えてた。。「おにいちゃんなんか、バチがあたればいいんだぁ~~」って。。
それが精一杯、私に出来る抵抗だった。。


ひでちゃんとは二人で遊ぶ事が多かった。。
私たちの好きな遊びに「あり地獄をつっつく」遊びがあった。。私の家の縁の下に大きな身体をちっこくして、あちこちぶつけながら私についてきて。。
乾いた土の上にすり鉢状にできたウスバカゲロウの幼虫の棲家のあり地獄に猫じゃらしの茎でさらさらと砂粒を落とす。。
そうするとウスバカゲロウの幼虫はアリが落ちてきたと勘違いし、グロテスクな身をほんの少し、覗かせるのだ。。
それとは知らずにネコジャラシの茎を頭の上についているような身体にしては大きな牙でガシガシと噛み付く。。
あの頃の手がもう少し器用で忍耐強かったら、きっとウスバカゲロウの幼虫を釣り上げることが出来たんだろうけど、ついぞ、その姿の全貌をみることはなかった。。
子供とは残酷なものだ。。夢中になると、平気で殺生したりする。。
私たちもネコジャラシの茎で釣れないと、そのあたりを歩いているアリンコをその穴に投じだす。。
まさに、アリ地獄。。。
砂丘のように細かく噛み砕かれた砂の斜面を登って戻れるアリはいない。。
何匹も何匹もウスバカゲロウに与えてはゾクゾクしながら見ていた。。


アリ地獄に飽きると次は地蜘蛛取り。。
家の壁や垣根の木の根元に地蜘蛛は巣を作る。。
靴下を2/3位土に埋めて、残りの1/3が壁や木にくっついているのだ。。
地蜘蛛はその靴下のような巣の底にいて獲物を待ち構えているようだ。。
その地蜘蛛の巣をやぶかないようにすぽっと抜き出すのが面白いのだ。。
そして、その靴下のような巣の大きさを競うのだ。。
二人して、何を話すでもなく、無心にその辺に落ちている棒を使って巣の周りを掘る。。破らないように丁寧に。。
多分、巣の大きさは大人の中指くらいだったように思う。。
しくじると袋の中で艶々したこげ茶色の地蜘蛛がこちらを睨む。。
ある日、ひでちゃんちの壁に、いつになく大きな地蜘蛛の巣を発見した。。
これは共同作業、と暗黙の了解で掘り始めると、ひでちゃんのパパがお仕事から帰ってきた。。
「なんだ、またひでこはみほおと女みたいにこちょこちょした遊びして。。」
ひでちゃんのパパはそんなことを言ったような気がする。。
私はこんにちは、と言ったものの、いつになくでかい巣に集中してた。。
ひでちゃんのパパは荷物を置くと、家に入らずにそのままお庭の草花の手入れをしていた。。
地蜘蛛の巣はあともう少しで掘りあげられる。。
二人は気がせいて、ついつい作業が乱雑になり始めた。。
ここはひでちゃんち。。やっぱりひでちゃんが最後、すぽっと抜くのが筋というものだ。。
私はひでちゃんに花を持たせるつもりで最後の引き抜き作業を託した。。
このでっかい巣を見たら、ひでちゃんのパパもひでちゃんを見直すだろう。。
ところが事態は思わぬ方向へと進んでしまった。。
私たちが思っていたより、地蜘蛛の巣ははるかに大きかったのだ。。
ひでちゃんが抜こうと力をこめた瞬間に、巣が破けたのだ。。
そして、中から百万匹はいそうなほどの蜘蛛の子が飛び出してきた。。
「きゃあ~~~~~!!!」
私は悲鳴をあげながら巣から離れた。。
ところが花を持たされたひでちゃんだったはずなのに、ひでちゃんは泣きながら手をはらっている。。
引き抜いた巣から飛び出した蜘蛛の子がそのままひでちゃんの手を駆け上ってしまったらしい。。
ひでちゃんはギャオギャオ泣きながら手をはらっている。。
助けたくても、百万匹の蜘蛛の子は私も怖い。。
近づくことも出来ずにパパさんの車の影まで逃げていった。。
ひでちゃんの泣き声は当然、パパさんの耳に入る。。
「なんだぁ~~ひでぇ~~また泣いてるのかぁ~~」と言いながらひでちゃんに近づく。。
蜘蛛の子をはらい終えたひでちゃんは今はヒックヒックしながら立っていた。。
「どしたんだぁ~?」
「えっと。。蜘蛛が。。ちっちゃい蜘蛛がたくさん手に。。ヒック。。のぼって。。ヒック。。来たから。。ヒックヒックビェ~~~~んっ!!」
「まだ泣くかぁ~!!男の癖に、蜘蛛の子なんかで泣くなぁ~~!!」
私は怖かったけど、パパさんの側に寄って行った。。ひでちゃん、助けなきゃ。。一匹や二匹じゃないんだっ!百億万匹なんだっ!私だって泣くし、もしかしたら喘息になってるかもしれない。。そだっ!パパさんに言わなくちゃ。。
ところがこれがまた裏目に出てしまって。。
「なんだぁ~~みほは女の子なのに、泣いてないじゃないか。。全くひでは泣き虫なんだから。。ひでっ!男の約束だっ!!もう2度とヒーヒー泣くなっ!!女の腐ったのになっちゃうぞっ!!いなっ!男の約束だぞぉ~!!」
あ。。。。結局、何も言えなかった。。。
ひでちゃんはヒックヒックしながらだったけど、口をぎゅっとつぶってパパさんと約束しちゃってた。。
ひでちゃん、ごめんね。。。。


あの日以来、私たちは地蜘蛛取りをしなくなった。。
そして、ひでちゃんの泣き顔を見ることもなくなった。。
生垣のバラの刺につばをつけて鼻やおでこにくっつける遊びをしていた時に親指の爪の間に刺が刺さって、血が出てもひでちゃんは泣かなかった。。
ひでちゃん、あん時、きっと悔しかったんだな。。。。


ひでちゃんのパパと私のパパは仲良しの釣り仲間だ。。
よく、お友達みんなで釣りに行ってた。。
その日も本当はパパも行くはずだったのに、急患が入って、パパは釣りにいけなくなってしまった。。
それでも、ひでちゃんのパパともう一人のお友達と二人で釣りに行った。。
その日のパパの機嫌の悪かった事。。。
次の朝、行くにも、患者さんの容体次第だ。。
パパの機嫌が天に届いたかのように、外は風が強く、雨が降り出した。。


明けて土曜日。。
昨日の天気が嘘のように抜けるような青空だった。。
土曜日の朝は朝礼があるから、私はいつになく早く学校に行った。。
朝礼は好きだった。。
チビの私が唯一、列の一番後ろに並べる。。
学級委員をやっていると列の一番後ろに並べるのだ。。
大きなひでちゃんの後ろに並んでいると、先生が血相を変えて飛んできた。。
「大変なの。。おとうさんが海に落ちちゃって行方不明なんですって。。早く、お家に帰りなさい。。」
え・・・・・ひでちゃんのパパが?
驚いてひでちゃんを見ると、ひでちゃんは口をぎゅ~っと結んで立っているだけだった。。
そして、泣いているのは私の方だった。。
驚いちゃったのと、たぶん、神経がちびな分短いのか、頭にすぐに伝わって、後から後からボロボロと涙が出てきた。。
「ほら。。どしたの?」
私は頭に来たっ!なんでかとっても先生に頭に来ていた。。
ひでちゃんは泣きたいのに、我慢してるんだよっ!!動いたら、涙、出ちゃうんだ。。お家に近づいたら、きっと泣いちゃうから、だから動けないのに。。
私は心の中でひでちゃんに一生懸命言ってた。。
ひでちゃん、今は泣いていいんだよ。。
今、泣いてもパパさん、怒らない。。
それでもひでちゃんは動けなかった。。
私は学級委員だったし、ひでちゃんが大好きだから、ひでちゃんの手を引っ張ってランドセルも持たずに歩いた。。
ひでちゃんちは東門のまん前だ。。
私は泣きながらひでちゃんの手を引っ張った。。
東門に近づくと漸く、ひでちゃんのひくひくが握った手に伝わってきた。。
私は振り返らずにそのままひでちゃんの手を引いた。。
ひでちゃんの家の前には大人たちがたくさんいた。。
門の前まで行くと、ひでちゃんのママが目を真っ赤にして立っていた。。
ひでちゃんは私の手を振りほどくと、ママさんのとこに走っていってしまった。
ひでちゃんのパパは龍宮城に行ってしまったらしい。。
何日も何日も待ったけど、ひでちゃんのパパは帰ってこなかった。。
ひでちゃんともう一人のお友達は岩の上で釣りをしていて、突然来た大きな波に連れて行かれちゃったそうだ。。
もう一人のお友達は岩にあるプールで洗濯機の中のようにもまれて、外海に出ないで済んだそうだ。。
そのおじさんの額にはその時の傷が逆さ文字の「つ」のようになって、大きく残っていた。。


パパさんがいなくなって何年かして、学校の前にあったひでちゃんの大きなお家は壊されて空き地になった。。
家の門横の垣根の野ばらも引き抜かれてなくなった。。
居なくなったのはパパさんだけではなく、いつも素敵な洋服を着ていたママさんも、きかん坊だったおにいちゃんも、優しくて一緒に遊んでくれたひでちゃんもお家も野ばらも地蜘蛛もみんな、みんな居なくなった。。。


家の大人たちは口々にあの日の急患の話をする。。
もし、あの日、急患がなかったら、パパも一緒に釣りに行ってたら。。と
想像するのも怖かった。。


あの頃、ウイーン少年合唱団が日本の少女達の憧れだった。。
金髪碧眼の少年が奏でる楽器のような美しい歌声。。。
変声期を迎えたプリマの男の子が後輩にプリマを譲りたくなく、みんなが寝静まってから隠れて練習していた。。
かすれる声を必死にだして、かすれ声はやがて涙声に変わって。。
ひでちゃんはあれから泣けたのだろうか。。
おとうさんのいなくなった現実を亡骸もないまま、受け入れられたのだろうか。


変声期の少年のように、隠れて泣いていたのだろうか。。
子供だった私たちもやがて思春期となり、お互いを意識し始めいつしか別々の友達とすごすようになった。。。



わらべは見たり 野中の薔薇。。
清らに咲ける その色愛でつ
飽かずながむ 紅におう
野なかの薔薇


手折りて往かん 野なかの薔薇
手折らば手折れ 思出ぐさに
君を刺さん 紅におう
野なかの薔薇


童は折りぬ 野なかの薔薇
折られてあわれ 清らの色香
永久にあせぬ 紅におう
野なかの薔薇

野ばら(ウェルナー)

にほへど。。

テーマ:

人の記憶は、大概の場合、視角や聴覚、味覚に訴えかけられる事が多い。。
幼い頃に食べた味に出会えて思い出す記憶、懐かしい風景や一枚の絵を見て、昔が甦ったり、はたまた、昔、大好きだった曲を聞いて、当時を思い出したり。。
記憶を呼び起こす感覚は色々ある。。


私の場合、ここに臭覚が加わるのだ。。
匂いは私にとって前述の感覚を上回ることが多い。。


幼稚園の頃に、母の使っているポーラの乳液の匂いが大好きだった。。
子供には強いからと言って、お風呂上りにほんの少しつけてくれる乳液の香りに包まれて眠るのが好きだった。。
二桁にも歳の満たない少女にとっての憧れの香りだった。。


自分が匂いに敏感だと感じたのは中学生の頃。。
良い匂いのする男の子に恋をした。。
知り合いのアメリカ土産と言っていた当時にしては珍しい整汗剤の匂いがなんとも鼻をくすぐる。。
今迄経験した事のない香りに強く心を惹かれた記憶がある。。
言ってみれば、匂いに誘われてお付き合いを始めたようなものだ。。
時が流れ、その整汗剤はなくなってしまっても、私はずっとその子が好きだった。


それから25年以上たった頃に、アロマテラピーに凝り始めた。。
色々な匂いのオイルを水に数滴垂らし、下から蝋燭の炎で暖めると、良い香りが揮発して、好きな香りに包まれてリラックス出来るのだ。。
なんでも凝り性の私は10種類以上のアロマオイルを購入した。。
当初は単体の匂いを楽しんでいたが、そのうちにミックスすることを覚えた。。
何を隠そう、20代の頃、真剣に調香師になりたいと思ったことがあったものだから、香りを調合するのがとても楽しかった。。


ん?ん・・・・・・ん???
いつものようにオイルを数滴ずつ水に垂らして楽しんでいると、ふととても懐かしい匂いがするのだ。。
イランイラン+カーネーション+スミレ・・・・
このミックスで出来た香りはまぎれもなく、あの中学の時に大好きだったあの子の香りだったのだ。。
香りのメインになっていたイランイランと言う花の香りは「異性を惹きつけ虜にする」「気持ちの高揚・欲情をかきたてる」「古来より媚薬として用いられている」と言う効能があったのだ。
中学生のみそらで、まんまと効能に引っかかるとは、なんたる中学生だったのだろう(笑)
そして25年以上たっても匂いを記憶している人間の臭覚もまんざらではないと思った瞬間だった。。


動物が言葉を持たないのは、臭覚が発達しているからだと言う。。
言葉を持たない動物同士でも、敏感にフェロモンを嗅ぎ取って、子孫を残す交配相手を見つけ、繁殖を行う。。
繁殖に適した固体は体中から匂いを発して異性を呼ぶし、向かなくなった固体は自らの身から匂いを消す。。
なんと潔いのだろう。。
食物も敵も味方もこの臭覚によって嗅ぎ分ける。。
逆に、人間の臭覚は言語の発達に伴って衰退していってしまったとも言えるだろう。。


匂いたつ。。芳しい。。このような賛美の言葉があるのも、人間も動物の仲間であることを意味するのではないかと思う。。


余談になるが、私は猫の足の裏の匂いが好きだ。。
こう言うと、大概の人は「えぇ~~?!?」と言うだろう。。
猫の足の裏は日向の縁側の匂いがする。。
陽に当たった縁側のこなれた板の匂いであり、畳替え一歩手前の畳のような匂いでもあり、乾いた土と木々が発する匂い、これら全てがミックスされたような匂いがするのだ。。
子供の頃、縁側に寝ッ転がっていて、何時の間にか眠ってしまい、目覚めた時に一番最初に鼻をくすぐる、あの懐かしい匂いなのだ。。
決して、良い香りではないけれど、とても好きなたまに嗅ぎたくなる匂いなのだ。


もう1つ、好きな匂いがある。。それはコロンをつけていない男の人の首筋の匂い。。
いつまでも、肩と耳の間に顔を埋めていたい、と思ってしまう。。
勿論、誰も彼ものではない事は言うまでもないが。。。
猫が鼻先を埋めて眠るように、この世の何処よりも安心でき、自分でいられる場所なのだ。。


人間の感覚の中で最も表現方法の少ない匂い。。
いい匂いと言っても花の匂い、果物の匂い、独特の匂いとそれを好むかは別だし、悪い匂いに関しては、チーズや納豆など、悪い匂いで嫌う人も居れば、平気で口にする人もいる。。
人間の体臭もそうだろう。。
外国に行った時に、デパートのトイレに入って、息が出来なくなって、思わず飛び出したことがあった。
これも嗅ぐ人によってはとってもセクシーだったりするのだろうから不思議だ。


味覚や視覚、聴覚なら大概言語で表現できるだろう。。
でも、臭覚に関して表現しようとすると本当に少ない。。
人に伝えにくい匂いの例えは恐らく本能から来るもので、それは個体によってまちまちであり、人間が昔、動物だった頃の名残の記憶だからじゃないかと思う。。
匂いを表現する言葉が少ないのは、言葉の発達に伴う代償と言いざるを得ない。。
大昔、動物は鼻を頼りに色々な判断を行っていた。。
鼻を頼りに生きることをやめた人間にとって匂いは、五感の中から少しずつ立場を小さくし、重要なポジションから趣味・趣向・嗜好へとポジションを変えていくような気がしてならない。。


私の最も好きな賛辞の言葉は「匂い立つような美しさ」である。。

都会

テーマ:

私の生まれた街は東京でも、23区外の都下にあたる場所だ。。
私が小学校の低学年まで、線路向こうの畑には肥溜めがあった。。
肥溜めとは民間のおトイレから汲み上げたし尿を貯めておく場所で、農家はこれを肥料として使っていたようだ。。
街には「おわいやさん」と呼ばれるし尿を汲み上げる職業の人がいて、大八車に大きな桶がのせられていて、横には天秤棒と小さな桶二つに汲み上げるための道具が添えてあった。。
子供の頃、いきなり用を足していると、いつもは暗い場所がいきなり明るくなり驚いた事があった。。おあいやさんが汲み上げる瞬間にでくわしてしまったのだった。。
私の密かな楽しみに、肥溜めめぐりがあった。。
これだけ聞くと、とても変な子だと思われるだろう。。
線路向こうの畑の肥溜めを見て回るのが面白かった。。
両親には「底なし沼」と脅かされ、絶対に行ってはいけない禁止の場所だったが、それを密かに犯すスリルと怖いもの見たさ、それととっても興味を惹かれる光景に忘れた頃に訪れる秘密の楽しみだった。。


肥溜めには、生きてる肥溜めと死んだ肥溜めがあって、生きている肥溜めは晴天が何日も続くと肥溜めの表面がカピカピに乾くのだ。。
そして、まわりの畑の表面と変わらない様子になるのだ。。
し尿のきつい臭いも晴天続きの乾燥で緩和されている。。
50cm位離れた場所にしゃがみこんでカピカピに乾いた表面を見つめ続ける。。
早ければ5分もしないうちに、遅ければ何十分もそこに座り込んで、ただただ見つめる。。
カピカピの下でガスが発生するのだ。。
その瞬間がたまらない瞬間なのだった。。
カピカピの表面がポッカリと口をあけ、ガスを噴出す。。
その光景はさながら地獄の血の池か、はたまた活火山の溶岩のようで、強烈な臭いも臨場感を手伝い、私の幼い心には色々な想像が駆け巡るのだ。。
たった一つの気泡を吹き上げる瞬間を見ただけで満足して帰る、ただそれだけなのだが、遊びの少ない時代、私の子供心を充分満足させる光景だった。。


耽美主義の人が読んだら卒倒してしまうだろうな。。


もう一つの秘密の楽しみに排水溝の糸ミミズ玉を棒で蹴散らかす、というのがあった。。
家の脇にある生活用水を流す排水溝に糸ミミズが玉になっているのだ。。
その玉を棒で突っつくと瞬間、糸ミミズはバラバラになるのだ。。
ところが誰が大将なのか。。誰が号令をかけるのか、気がつくとまた玉になるのだ。。
日がな一日、糸ミミズ、蹴散らかしてたっけ。。
おかげで一回だけ、ささくれにバイキンが入って、指がバンバンに腫れた事があった。。私は密かに「糸ミミズの怨念」だと思っていた。。


こんな幼少時代を23区育ちの友人に話すと目の玉を真ん丸くする。。
同じ都内育ちとは思えないと。。


大学に入るまで、ディスコなんか知らなかった。。
ソウルミュージックは韓国の音楽って信じて疑わなかった。。
共学私服通学の都立高校に学んでいた私は冬の基本はブレザーにミニスカート。。
それが私服の三多摩地区の都立高校生らしい、とされていたから。。
夏はアグネスチャンみたいな格好をしてバスケット持って通学していたし。。
だから、大学に入学した時が大変だった。。


大学は都内の美大。。都内の私立高校から来た百戦錬磨みたいなお姉さん方がぞろぞろ。。
蛇皮のブーツにボロボロジーンズのやたら長いか短いスカート履いて。。
都内でありながら、新宿まで30分足らずの所に住んでいながら、私は田舎のねずみだった。。
百戦錬磨のお姉さん方にべびちゃん扱いで可愛がられたけど。。
入学した年の6月に生まれて初めてディスコに行って、そこで知り合った人とお付き合い、始めて。。その人が大人っぽいファッションが好きだったものだから、私の服装はたちまち変わっていったっけ。。
開襟シャツの衿を立て、黒のロングタイトスカートにピンヒール。。
最初、その格好で登校したら友達におなか抱えて笑われた。。
「どしたのぉ???」って。。


元々そういう要素はあったんだろうね。。
私は吸い取り紙がインクをぐんぐん吸い取るように都会風生活ってのを身につけていったっけ。。
青山、赤坂、六本木、渋谷、原宿、代官山。。。
遊び場は尽きることなくあったし、遊び相手に不自由なんか絶対になかった。。
大学生が殆どだけど、業界の人や、芸能人。。
湯水のようにお金を使い、ブランド品で身を包み、雑誌に載るようなレストランでお食事。彼は外車に乗るどこぞのボンボン。。当時走りのJJ生活。。
夏は湘南、軽井沢。。冬は苗場プリンスでスキー。。
何処に行ってもいるいる。。知り合い。。知った顔。。
その日が楽しければそれでいい。。明日のことなんかわかんない。。
いいことも悪い事も津波のように押し寄せては引いてった。。。
長いようで短かった時間。。
結婚しようと決めた時、そんな生活に見切りをつけた。。


私はやっぱり田舎のねずみ。。
終の棲家に選んだ場所は武蔵野の香り豊かなこの場所。。
住み慣れたこの地。。
都会まで数十分、まだまだ残された自然と戯れながらの生活が今のお気に入り。。


今はもう、私が青春時代に送ったような現象はこの地に住んでいても起こりえようがないだろうし、排水溝に糸ミミズは戻っては来ないだろうが、残された少しの自然を絶やさぬようにここで生きていくんだろうな。。
ほんのたまに都会の甘い水をすすりながら。。

たまゆら

テーマ:

桜の樹の下には屍体<したい>が埋まっている!  


31歳の若さで夭折した梶井基次郎の「桜の木の下には」の一節です。。
結核を患い、苦しんでいた梶井にとって、満開の桜の生命力にただならぬものを感じたのでしょうね。。
「桜の木の下には」は様態が思わしくなくなり始めた27歳の時の作品です。。
子供の頃からいくつもの病に蝕まれ、それでも生き抜いてきた梶井ではあったけど、満開に咲く桜の樹の強い生命力の源を知りたかったのでしょう。。
そして梶井はこう結ぶ。。


俺 には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺 の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱 に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んで来る。

健やかな肉体を持てなかった青年の納得の仕方だったのでしょう。。


世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし


これは万葉の色男、在原業平が詠んだ句です。。
梶井の感慨とは趣きが違いますが、似た部分、あると思いませんか?
桜を愛するが故、儚い花の命を愛しむ余り、むしろ、桜なんかこの世にない方が心落ち着いた日々が送れるのに。。。ってな具合で。。
花見と言えば、梅が主流だったこの頃にもこんなにも桜を愛した男がいたのですね。。


そういや以前にこんな本を読みました。。
窓から見える竹林のてっぺんに白いものが見える。。
その白いものが自分に語りかけているように錯覚して。。その竹林まで白いものの正体を探りに行くの。。
するとその白いものはしゃれこうべだった。。。
昔、殺人事件があって、犯人が竹林に死体を埋めたんだけど、竹の子がしゃれこうべを射抜いてそのまま天までそびえていってしまった。。って話。。


植物は、人間にとっての一生を一年で過ごしてしまう。。
枯れ木のような幹には春の訪れとともに、新芽を芽吹かせる。。
花はひと時咲き乱れ実を結ぶ。。


短いものでたった一日、中には一夜の間しか開花しない花もある。。


酸素を供給し、空気を清浄化させる目に見えぬ植物達のパワー。。
花咲くこの時期は束の間の宴なのであろう。。


たまゆら:漢字で玉響と書き、古代神話の勾玉(まがたま)が互いに触れ合う時のほのかでかすかな響きから、「しばしの時間」とか「ほのかな風情」を表す言葉として使われます。

ソーダ水

テーマ:

口当たりの良い薄いタンブラーに氷を入れて、キンキンに冷えたソーダ水を注ぐ。。
ガラスの表面はあっと言う間に霞がかかったように曇り、氷からはゆらゆらと靄が立ちあがり、しゅんしゅんと小さな泡がはじける。。
鼻先をはじける泡で濡らしながら、よく冷えたソーダ水を一気にグラスの半分ほど、息もつかずに飲む。。
喉元をチリチリと刺激しながら胃へと落ちていき、たちまち五臓六腑へ染み渡り、体中の血液が浄化されるような気がしてくる。。


う~~~ん。。快感・・・・


お口の中はたちまち、アルプスの冷涼な空気に触れたように爽やかになる。。
思わず、「プッファ~~~~!!」って言ってしまいそうになる。。


私の大好きな飲み物。。
これを説明するのはちょっと難しい。。
一口に言ってしまえば、クラブソーダ。。発砲水なのだ。。
ヨーロッパではよく口にするが日本ではあまり置いてあるお店も少ない。。
商品名で言えば「ペリエ」なんかがそうだ。。


ソーダ水と言うと、緑色の甘いソーダ水を思い浮かべる人は多いだろうが、発砲水を思う人はまずいない。。
お店では「炭酸水」って言うとわかってもらえる。。
昭和30年代あたりに、銀座ではウイスキーを炭酸水で割る飲み方「ハイボール」が流行ったようだ。
飲めば気分がHighになる一個の弾丸Ballが名前の由来らしい。。


私はそんなにアルコールを必要としない身体なので、炭酸水だけで、十二分にHigh!になってしまうのだ。。
瓶のまま飲むも、また、よろしい。。
お風呂上りなどは、冷蔵庫からおもむろに出して、腰に手を当てて飲みたくなる。。
最近じゃあ、ちょっとお洒落なスーパーに行けば、缶のペリエも売っている。。
ペリエはちと高価なので、私はもっぱらカナダドライのクラブソーダを愛飲している。。


元々、我が家はソフトドリンクをあまり口にしない家なので、冷蔵庫の中はいつも冷たいお水かお茶しか入っていない。。
それでも、たまにジュースなどを入れておくと、珍しがって、子供達が飲もうとすることがあるが、何故かこの無糖の炭酸水には誰一人、手を出すものはいない。。
言ってみれば、いつでも、私だけに飲まれることを冷蔵庫の中でじっと待機していてくれるのだ。
飲みたい時に切らしさえしなければ、私の喉は確実に満たされる安心感があるのも良い。。


27年、行き続けている代官山のお店のママも毎回、不思議そうな顔をして私の顔を覗き込む。。
「30年以上、お店やっているけど、そんなふうにして飲むのはみほちゃんだけだわ、美味しいの?ちょっとちょうだい。。ぶぶぶ・・・」
何度繰り返した事か・・・
私だって、今迄たった一人しか日本で会ったことはない。。
余談になるがその人もかわらせんべえをわざとしけらせて食べるのが好きで、ほんのたまに無償に自販機のお汁粉が飲みたくなるらしい。。
それはおいといて。。


一度、ドリンクフリーのファミレスで、友達がスプライトを出したら、美味くミックスされていなかったらしく、炭酸水だけが出てきたことがあった。。
席に戻って口にした友達が
「なんだこれ、まずいっ!味がしない。。おかしい。。」
「どれどれ。。あれ?美味しいじゃない。。取り換えて」
「えぇ~~??美味い?うそでしょ?」
「うん、美味しい。。(満足)」
なんてことがあった。。
ちびちびと飲みながらお喋りを楽しむのが常なのに、この時ばかりはいつものように、グラスの半分以上を一気に飲んでしまった。。いつものように、鼻先をぬらして。。


私はお水が大好きなのは前にも書いたけど、お水の次に好きなのが実はコーヒーでも、紅茶でもアルコールでもなく、この炭酸水なのだ。。
断っておくけど、決して味盲ではないので、ご安心のほどを。。


勇気があって、炭酸のシュワシュワをこよなく愛すあなた。。
お願いだから、一度試してみてください。。病み付きになりますぅ~♪

(2001年)

セレナーデ(小夜曲)

テーマ:

子供の頃、月夜の晩には必ずといっていいほど、窓のカーテンを開けて放して寝ていた。。
こんな日にはネバーランドからピーターがくるかもしれない。。
世界中の子供のところに行くんだから、いつ、私の順番が回ってくるかもしれない。
来てくれた時にちゃんとわかるようにと、ピーターへの配慮だった。
私は子供の頃から暗闇を怖がらない子供だったから、夜が大好きだった。。
線路を走り去る電車の音をいつまで聞こえ続けていられるか、耳をこらしながら時計とにらめっこしていたり、そうしているうちに想像は飛躍して、今、聞こえているこの電車の音は実はこの世のものではなく、どこか違う国へ行く電車で、選ばれた子供が乗せられているのではないだろうか。。など。。


少し大人になる頃に、家が建てかえられ、裏庭に面していた私の部屋は3階へと移った。。
当時の立地条件で、我が家より高さのある建物がなかったこともあり、忘れていた習慣が蘇ったのだ。。
私はまたカーテンを開け放って寝るようになった。。
真夏は当然のことだが、私のお気に入りは少し寒いくらいの季節に窓を開けて寝ることだった。。
みんなよりいち早く羽毛布団をだし、夜気を感じながら、街の騒音を子守唄にして、羽毛布団に包っていると、顔だけはひんやりと気持ち良く、身体はホカホカと暖かくて、まるで、お外に寝ているかのような感じが気に入っていた。。


開け放した窓の四角い窓枠は、刻々と変わっていく空を映し出すスクリーンとなる。。
漆紺の空は、東の方から静々と明るさを増し、明けの明星が、ビロードの上に刺されたピンバッチのようにきらきらと輝きながら太陽をいざなう。。
夜明けは、ささやきのように訪れ、風が夜風から、朝風へと変わっていく。
鳥たちが朝の訪れを告げるが如くさえずり、薄墨のような空に羽ばたくのが見える。。


窓枠のスクリーンが物足りなくなるともう一つのお気に入りの場所に向かう。。
屋上に続く鉄の重たい扉を開けると、生まれたての朝が湯気を立てて出迎えてくれる。。
気を抜けば、コンコンと音を立ててしまう鉄の階段を足を忍ばせて昇る。
街の真ん中にいきなり現れた平原のような屋上で私は生まれたての朝を一人占めに出来た。。
朝露に包まれた身を冷たいコンクリートの上に横たえると空も鳥も雲も全部、私一人のために美しく輝いているような錯覚に陥る。。
私一人の小さな悩みなど、この生まれたての朝の始まりに封じてしまえそうに思えてくるほど、大きくて清々しい一日の始まり。。


すっかり夜が明けてしまわないうちに暖かいベットの中に戻ろう。。
湿ったパジャマを脱ぎ捨て、裸のままベットに潜りこむ。。
自分の残していった心地よい温もりに包まれ、枕に顔を沈めた私は、いつしか眠りに誘われていく。。

恋文

テーマ:

毎日寒い日が続いていますね。。お躰の方は大丈夫でしょうか?
考えてみたら、あなたに手紙を書いたことって今迄、なかったんじゃないでしょうか。。
私はいつもいつもあなたの背をみて生きてきました。。
私の生き方の全てがあなたの模倣だと言っても過言ではないでしょう。。
子供の頃からあなたに誉められたい、そればかり思っていました。。
だけど、無口で恥ずかしがり屋のあなたは優しい言葉はおろか、触れることすらままならなかったです。。


覚えていますか?
私が18歳の頃、買い物に行くと言う、あなたの後を追いかけた時のことです。。
私は何も考えず、気持ちの赴くままに、あなたの腕に自分の腕をくぐらせました。。
するとあなたは私の腕をするりと振り解き、すたすたと歩いていってしまったのです。。
なんかとても悪い事をしてしまったような気がして、恥ずかしさと気まずさにただただ、下を向いて大きなあなたの大きな歩幅に合わせて、半分走っているようになりながらそれでもついて行きましたっけ。。
あれ以来、私はあなたに触れられなくなってしまいました。。


だけど、あなたの暖かさはよぉーくわかっているつもりです。。
躰の弱かった猫の最期の時。。あなたは猫のお腹を優しくさすりながら、膀胱を刺激して、尿が出るように促していました。。
時間を見計らっては、何度も何度も繰り返し、パンパンに大きくなっていたお腹が少しずつ小さくなって猫は気持ち良さそうにヒゲの先を震わせていましたよね。。
結局、あの猫は助からなかったけど、あなたは私に動物と暮す事、動物に接する方法を身を持って教えてくれました。。
飼うのではなく、暮すのだってことを教えてくれました。。


あなたはいつも何かをしていましたね。。
夢中になると唇を尖らせて。。
あなたを見ていると、創意工夫と言う言葉を思い出します。。
「無ければ、作ればいい。。」
そうやっていつも何かを作っていましたっけ。。
時には不作もありましたが、大概は大成功でしたよね。。
扉の半分くらいあるような背の高い大きなスピーカーを作っちゃった時には驚きました。。
部屋の四方にある大きなスピーカーで富田 勲の「惑星」と言うレコードを聞いた時には本当に驚いてしまいました。。
そして、何故、こんなに大きなスピーカーが必要だったのかがわかりました。
部屋の真中に置いた安楽椅子に座って目を閉じて聞くと、何時の間にか自分が宇宙に浮かぶ小さな惑星になってしまった感覚になりましたもの。。
説明よりもまず体感。。あなたはいつもそうだった。。
何かをする時にはいつも回りくどい説明など一切しなかった。。
結果を見せて、感じさせる。。それから先はおまえ次第だ。。
私の好奇心がいつの間にやら人一倍強くなってしまったのは、そんなあなたの生きざまを見ていたせいかもしれません。。


草花や動物を愛し、沢山の本を読み、旅の記憶を絵や文章にして残したり、旅先で食べた物を家に帰ってから作って食べさせてくれたり。。。
考えてみたら、私のしていることはみんなあなたの受け売りのようです。。
あなたに誉めてもらいたくて、あなたのまわりをちょろちょろとしてみては、気づいてもらえず苦笑いの繰り返し。。
それでも、諦めなかったなぁ~~


いつかはきっと、あなたに認めてもらえる。。
そんな日のために私は日々、努力し、挑戦しているのですよ。。。


でも、たった一度だけ、誉めてくれた事、ありましたね。。
3年前の夏、軽井沢の家に先に行っていた私が、後から来るあなた達のために暖かいだんご汁を作って待っていた時です。。
気ままなあなたは何時に来るか、夕食は食べてくるのか、こっちで食べるのか、そう言うことを聞かれるのを嫌うことを知っていましたから、食べてこなかった時のために、大好物のだんご汁を作っておけば、食べなくても、明日の朝、食べたらいい。。そんな思いで作っておいたら、私の思惑が当たり、あなたの胃袋の隙間を埋めるのに役立ったんでしたっけ。。
あの時あなたは。。
「おまえの作っただんご汁、うまいな。。最近じゃ、人も少なくなって、家で食べる事もなくなった。。久しぶりだよ、食うの。。」
嬉しかった。。
あなたが誉めてくれた。。
とってもわかりやすく誉めてくれた。。
お料理が好きで良かった。。今迄頑張ってて良かった。。
喉の奥がじわぁ~~~っと熱くなったのがわかりました。。
あのままでいたら、私、馬鹿みたいに嬉し泣きしちゃっていました。。
必死に笑顔を作って、他の家族達にもだん汁薦めて。。
だけど、大きな声で叫びたかったぁ~♪
子供のように外を走り回りたいほど嬉しかった。。


私のような女は幸福なのでしょうか。。それとも不幸なのでしょうか。。
私はよく、寛容だと思われます。。
それは嫉妬の心を表さないから。。
でも、そうじゃなかった。。嫉妬しないのではなく、愛せないのです。。
あなたの影が大きすぎて、私は中々他の男性が愛せない。。


時々、考える事がありました。。
もし、人の世の常として、あなたが天に召されてしまったら、私はどうなるのでしょうと。。
きっと、心、狂わせてしまうでしょう。。
でも、そんなことあなたには決して悟られてはいけない。。
あなたがそんなこと、喜ぶはずないからです。。


私が歳を重ねた分、あなたも同じように歳を重ねています。。
そういうこともより現実的になっていくわけです。。
でも、神様はいるのですね。。
私は私でいられる方法を見つけました。。
もう大丈夫です。。
私の呪縛は長い年月をかけてとかれたように感じています。。
でも、あなたを尊敬する思いは何も変わりません。。


これからも、どうか私を見つめていてください。。
そして、健やかにお過ごしください。。
例え、躰の自由が利かなくなろうと、考え方がぼんやりしてしまおうと、私はあなたを尊敬し続けます。。
あなたを、あなたの一生を愛し続けます。。


暦の上では、春に近づいてきました。。
あなたの好きな草花の咲く季節です。。
どうかお躰を大切に。。元気でいて下さいね。。(2001年 記述)


化粧

テーマ:

初めて知った化粧の匂いは、母の使っていたポーラのナイトクリーム。。
私を寝かしつける母からほんのりと香るこの香りが私を安らかに眠りの世界へといざなった。。優しい匂い。。


小学校の低学年の頃、近所に住んでいた日系二世の父の友達がクリスマスにプレゼントしてくれたアメリカ製の子供用基礎化粧品のセット。。
子供の手にすっぽりと入る可愛らしい大きさで、ペパーミントグリーンの砂糖菓子のような細工のしてある蓋に可愛らしい女の子のイラストの描いてあるボディ。。
子供がつけると強すぎて、かえって肌が荒れる、ってほんのたまに母が鼻の頭につけてくれる栄養クリームが嬉しくて仕様がなかっただけに、このプレゼントの品、どんなに嬉しかったか。。
減るのが勿体無くって、でも、付けたくて。。
蓋を開けては匂いを楽しみ、指の先にちょっとつけては、また、仕舞う。。
何度繰り返しても飽きない作業を、私はたった一人の時にのみ、楽しんだ。。
案外、ケチだったのだ。。
これだけは一人の楽しみの世界だった。。
なのに、あんなに大切にしたにも関わらず、化粧水は白濁し、クリームは油分が分離しちゃって悲しい姿に。。
顔に色がつくって化粧ではなく、大人の模倣のような、ごっこ遊び用だったんだな。。
そのうちに、日本にもウテナお子様クリームなんてのが発売されたけど、容器の可愛らしさは比べ物にならなかったっけ。。


中学生になるとリップクリームと称してほんのりと唇を染めてみたっけ。。
お気に入りだったのはキス・ミーのシャインリップ。。
ヌード、ピンク、ワイン、レッドってあったけど、ヌードから始まって、ピンク、レッド、ワインって全部使ってみったけな。。
ヌードカラーをつけ始めた頃、父から「なんだ?行灯の油舐めた猫みたいだぞ?」って言われて痛く傷ついたっけ。。。
それも今は笑い話。。


高校になると爪をそめ始めたっけ。。
オペラのマニキュア。。
何故かアワビのような青光りするパールがお気に入りで、日曜日に付けて、そのまま忘れて月曜日に登校してしまい、一日中、手をグーにしていたこと、あったな。。
高校2~3年生になるとビューラーで睫毛をひっくり返してマスカラつけたりもしだして、お化粧のとば口に辿り付いた感じかな。。


大学生になっても、顔の部分的に色をつけることはあっても何故かファンデーションは嫌いだったな。。
それは何時の間にか私のポリシーになってしまい、今でもファンデーションは滅多な事じゃしない。。
この頃好きだったメーカーはテイジンパピリオ。。
容器に可愛らしい七宝焼きの焼き物がついていて、発色も良く、値段も手ごろで一番のお気に入りだった。。
他にはマリークワントやBIBAなんてのも好きだった。。
つぎはぎデニムのロングスカートに蛇皮の今風に言う厚底サンダル履いて、こんな時はマリークワントのペディキュア。。
その名も「ダーティーハリー・クレージーラリー」なるブルーデニム色のマニキュアをつけるのがお約束だった。。
ちゃんとウオッシュアウトされた色もあったんだから、芸が細かいねぇ~
何故かカネボウや資生堂の化粧品って使わなかったな。。。
ただ、資生堂の「禅」ってコロン好きだった。。
お化粧とはちょっと違うけど、コロンに興味を持って、コレクションし始めたのもこの頃だったな。。
シャネルの19番、クリスタル、あまり好きではないけど有名な5番、ニナ・リッチのレール・デュ・ターンやエルメスのキャレッシュ。。ディオールのディオリッシモやディオレラ、ミス・ディオールなんてのも人気があったね。。
私はゲランのミツコが好きで、コロンをつける時はミツコを愛用していましたぁ~
インフィニティってコロンも好きだったな。。


輪廻転生じゃないけれど、あの頃流行っていたファッションもお化粧方法も、今、また流行っているよね。。
眉毛、細かったし、ハイライト白くして頬紅、浮かせて。。
アイシャドーはグラデーションにしてまるで孔雀のようだったっけ。。
でも、私は眉毛だけは細くしなかった。。これもポリシー。。


最近のお化粧方法はとても、美しく見せたい、って伝わりにくくて、なに?って感じだけど、これもまた何年、何十年とたった頃には懐かしいって思う人もいるんだろうね。。


化粧の匂いは大人の女性の匂い。。
ふくよかな胸元から香る大人の女性の匂い。。
私もそんな大人に女性になれたのだろうか。。


紅(くれなゐ)

テーマ:

過ぎていった時間は宝物。。これから訪れる未来は宝探し。。
過ぎてきた時間が今の私を作ってくれたから、今の私があるのもそんな時間たちのおかげ。。


だけど、時々、夢を見ることがあるの。。
もし、私に持つものが何もなかったら。。
私の立場が母や妻ではなかったら。。。
私が一人の女だとしたら。。。


25歳で結婚して。。
たった25年生きただけで、人生の伴侶の選択をして。。
25年の半分以上は子供だったわけじゃない?
大人を意識するのはせいぜい18歳かそころで、大人歴7年で人生の伴侶を見つけるわけだ。。
よく、結婚って人生最大の大博打って言うけど。。あながち嘘ではないねぇ。。
その先がどんなに長いかなんて、結婚する時は考えもしなかった。。
結婚する時は、勿論、これが最後の恋だ。。って思ったし。。


でも、思い出しませんか?
若い頃、恋愛していた頃のこと。。


近眼の子が初めて眼鏡をかけて世の中を見たみたいに、何もかもが輝いて見えて。。
誰にでも優しい気持ちになって。。ときめいて。。
愛する人のことを考えただけで、胸がきゅ~~んってなって。。
逢いたくて、逢いたくて。。いつも一緒にいたくて。。
どんなに長いこと顔、見つめていても、決して飽きる事なんかないし、その人の口から発する言葉は一字一句、聞き逃さないように、一生懸命聞いていたっけ。。
誰も知らないほくろを見つけて、そんなことが喜びになったり、癖や仕草を一つ一つ思い返したり。。
大好物だったのに、その人が嫌い、ってだけで、自分も食べなくなっちゃったりしてね。。
いつもいつも同じ方向を見つめて、同じ空気を吸っていたかった。。。
一つのブランケットに包まって、肌のぬくもり、確かめ合ったり。。
そのぬくもりに包まれてうつらうつらとまどろんだり。。
寝ているふりして、その人の寝顔。。寝ている間中、ずっと眺めていたりしてね。。


とても素敵な気持ちだったのに。。
ずっと持ち続けられるって思っていたのに。。


結婚をして、母になって。。
見せたくない姿、一緒にいたら見せなくちゃならなくなって。。
同時に見たくない姿、見てしまったり。。
女でいたら、母は出来なかった。。
私は器用ではなかったのかな。。母と妻、二足のわらじを履き替えられなかった。。。


苦楽をともにすればこそ、本当の愛情が育められるのだろう、と人は言うけど、私はいつも外にいた。。
自分を封じて女を封じて、産んだ子供を一生懸命に育てたんだ。。
それがこの世に人間を一人増やしたものの勤めだと思ったから。。
丁寧に、大切に、子育てした。。。


動物の中には繁殖と育児を別々にする種類って沢山あるよね。。
私はどうもそんな動物だったようだ。。
人間として欠陥だったんだね。。
みんながしているように同時には出来なかったから。。。
でも、救いは相方にさほどの不満がなかったことだ。。
私が母となって、子育てに明け暮れることに不平や不満を言われた覚えがないから。。。
これも組み合わせの妙、なのかな。。。
家庭という中で、パートナーとして暮らすには合っていたんだね。。


でも、人生の半分が過ぎた今、ふと思うことがある。。
大人歴26年の今。。あの輝くような気持ちにはもう、二度となれないのだろうかと。。
今、そういう気持ちを外に向ければ、口に出したくもない言葉で形容されてしまう。。
あんなに素晴らしい気持ちを汚らしい言葉で表されてしまう。。


人を思う気持ちは努力してするものではない。。
自然と湧き出す思いではないか。。
気がついたら大好きだった。。序々に愛しだしていた。。何時の間にか忘れられない位、好きになっていた。。


葉隠の中に「忍ぶ愛こそ、至上の愛」って下りがあるけど、そうなのかもしれない。。


愛する人を思い、頬を唇を心を紅で染める。。


誰も傷つけず、誰も悲しませず、そんな時が来たら。。
取り戻したい。。
誰かのために、生きてて良かったと思う気持ちを。。

きっかけ

テーマ:

あの子と初めて会ったのは避暑地の喫茶店だった。。
住み込みのアルバイトをしていた私は休憩になるとこの店で一休みしていた。。
マスターがちょっと素敵でレコードが良くって、キングクリムソンやウィッシュボン・アッシュなんかが流れていた。。
ここで一杯のコーヒーを飲みながらマスターやバイトの男の子とお喋りをするのが結構、楽しみになっていた。。
それが、ある日、私の楽しみに横からもう一つ、声が聞こえてくるのに気がついた。。
それが会話に混じるわけでもなく、ポソポソっと。。。
お互いを意識しているのは間違いなかったけど、当人に声を掛ける事はまずなく、いつもマスターに話し掛けるようにして、なんとなく会話していたような感じが続いていた。。
私は右の端に。。彼女は左の端にいつも座っていたっけ。。
こんな抗戦状態が続いたある日、マスターが気を使ってか。。
「そう言やぁ。。みほとよしこは同じ大学じゃないか?」
「私はJ美の短大の2年だけど。。」
「あ。。私は四大の方の一年。。」
「あ。。そう。。」
折角作ってくれたマスターの気遣いもこんなぶっきらぼうな会話で終わってしまうくらい。。
彼女は私より一つ、年下か。。


一つ年下のあの子の妙に気が強そうで、人を見下したような物言いと、プライドの高さが鼻について。。
だけど。。ナチュラルな物腰と育ちの良さそうな雰囲気は否めなかったけど。。


ある日、いつものように休憩に行くと、誰かが乗り捨てたタンデムが置き去りになっていた。
「悪いけど、あそこの貸し自転車屋まで置いてきてくれないか?コーヒーご馳走するよ。。」
悪い話ではない。。
「うん、いいよぉ~~やったぁ~~ごちぃ~~」
外に出ると、丁度そこにあの子が来て。。
「おっ!よしこ、おまえも一緒に行って来たら?」ってマスターの問いかけに、一瞬、あの子の顔が曇ったものの。。
「うん。。。」
と言うと、私の後ろに立っていたっけ。。
「じゃ、私が前に乗るから、よしこさん、後ろに乗って。。」
「うん、私はどうせ、後ろにしか乗れないけどね」
「ん?」
その時はまだ私は状況が飲み込めずにいた。。
貸し自転車店まではすぐだったから、旧道をまわってちょっと遠回りすることを提案した。。勿論、良かれと思って。。
旧道は下から上に向かって上り坂になっていた。。
でも、二人乗りのタンデムならなんてことはない。。
ところが、重い。。後ろに誰か乗せているように重い。。
見ると、Y子は硬い表情で下を向き、ちっとも漕いでいないではないか。。
「ねぇ、ちょっと漕いでよ。。坂なんだしぃ~~」
「うん、わかってるんだけど。。できないのよ」
「え?もしかして、自転車、乗れなかったの?」
「怖いのよ。。乗れないわよ、自転車なんか。。もぉ~~降りるわよ」
振り向きざまに見た彼女は目に涙を貯めていて、口を尖らせて。。
その瞬間、なんでだか、急に彼女に親しみが湧き、とても可愛らしく感じてしまった。。
「降りるなんか、言わないでよ。。よしゃあ~~任しときぃ~~行くぞぉ~~」
そうよ。。タンデムって思うから。。彼女、乗っけて旧道走っていると思ったら
「怖いよぉ~~みほちゃん、やだぁ~~きゃははははぁ~~」
涙ぐんでた彼女の顔に笑みがこぼれ、他人行儀だった物言いが砕けた感じに変わり、二人の距離感が一気に縮まったようだった。。


私達はそのまま貸し自転車屋に行かずにUターンして、雲場の池の方迄サイクリングに出かけた。。
そして、池のほとりにしゃがみこみ、今迄の距離を縮めるためのおしゃべりをした。
「あのさ。。私、あなた、嫌いだったよ。。」
「あら。。偶然、私もよ。。気が合うわね(笑)」
「ほんとだ。。でも、今はもう好きになったわ。。」
「これまた偶然、私もあなたが好きになった。。」


そこには気が強そうで、人を見下したような物言いをするプライドの高そうな様子は微塵もなくなっていた。。
ハイヤーで学校に通っていた関西のお嬢様にとって、自転車は今迄縁のない乗り物だったそうで。。乗る機会も無かったらしい。。
皆がいとも簡単に走らせていたので、楽な気持ちで乗ったらしかったのだ。。
「あんなに不安定だとは思わなかったわ。。信用できない乗り物ねぇ~」


お互いに我を張り合っていた数週間が瞬時に消えた出来事だった。。
あれ以来、彼女との仲は今も変わらなく続いている。。
彼女の涙にうるんだ瞳の何物にも例えがたい素な心が、私の心に入り込んで、今も輝きを放っている。。