有馬記念が近づいてきた・・・
入院していました…
ストレス性で胃腸の動きがおかしくなった
仕事が忙しかったのもあるけどストレス溜まっていたのかなぁ~
仕事も遅れ気味なので、年末年始は仕事が決定してしまった
時が流れるのが早いのか、もう有馬記念である
ルドルフのことはとりあえず後回しにして、有馬記念について書いていきたいと思う。
今でこそ、「有馬記念」と言う名称で定着しているが
本当は「グランプリ」とか「中山グランプリ」と言う名称であろう。
オイラは、この「有馬記念」が競馬会のレースの中で一番好きである
数々の名勝負を生み出し、感動も数多く与えてくれたレースだと思っている。
まさに「ドリームレース」だと思う。
有馬に勝つ馬が一番強いんだよっ!と大きな声で叫びたいぐらいである。
さて、有馬記念はどんなレースかと言うと…
簡単に言えば、競馬会のオールスターゲームである。
年齢なんて関係ない、牡馬も牝馬も関係ない
今年活躍した馬を、ファン投票してみんなまとめてよーいドン
そして、一番強い馬を決めようじゃないか と言うようなレース。
有馬記念の創設は、1956年
当時の中央競馬会理事長であった有馬頼寧氏によって創設される
年末の中山開催には中山大障害レースがあったが「華」がないと言う理由で
プロ野球のオールスターゲームと同じように、
ファン投票で競走馬を選ぶと言う方法を取り入れた
このファン投票によるオールスターレースは、
当時の競馬先進国であるヨーロッパでも行われておらず
画期的な方法と言っても過言ではないであろう。
しかし、第一回中山グランプリを開催して年が開けると
提唱者だった有馬頼寧氏が急死してしまったため
第2回目からは「有馬記念(グランプリ)」と名称された。
有馬記念優勝馬が「グランプリ馬」と呼ばれているのはこれが理由である
また、八大競争の中で唯一最初から開催地が変わらないのは有馬記念だけである。
フルゲートは、16頭
18頭にすると有利不利が出てくるので16頭らしいけど
最内と最外は、不利が出てくる可能性は高い。
ファン投票10位までが出走権が与えられ、残りの6頭は過去一年の賞金額で決められる
賞金額で決められるため、地方競馬出身の競走馬もこの方法で選出されるときもある。
数々の名勝負があったと、上でも書いたが
オイラの有馬記念の名勝負ベスト1は、「第22回 有馬記念」である
父親に聞いた話では実際に、そのときに中山競馬場に連れて行かれ
レースをみているらしいのだが記憶にはなかった。
しかし、競馬に興味が出てからビデオで見たレースである。
まさに魂が震えるようなレース…
こんなレースは、今まで見たことがないし、これから見れることがあるのであろうか
と、思えるようなレースであった。
このレースについて書いていきたい…
時代は、TTG3強時代 オイラ自身もビデオで見た記憶であるので
間違えがあったらご容赦願いたい
天馬 トウショウボーイ
貴公子 テンポイント
そして、思い出のグリーングラス
テンポイントは、阪神三歳ステークスで、杉本清氏の名実況の言葉の一つである
「見てくれこの脚!見てくれこの脚!これが関西の期待テンポイントだ!テンポ
イントだ!テンポイントだ!テンポイントだ!」
と、実況され期待されていた
この実況の言葉を思い出せるのは、オイラの父親の世代ではないではなかろうか…
ビデオで見たけど今でもはっきりと覚えている実況である。
しかし、テンポイントは、トウショウボーイにはどうしても先着できなかった。
そして、第22回 有馬記念のレースを迎えたのである
8頭のレースで、最小頭数のレースであった。
ライバル トウショウボーイの手綱を持つのは、「ターフの魔術師」と呼ばれる武邦彦
武豊の父親である
テンポイントは、最初から騎手の替わることのない鹿戸明
レースは、トウショウボーイが先行して、先頭を走る
それに併せて抜きに来るテンポイント
抜かれると、また抜き返すトウショウボーイ…
このビデオを見たとき、最初の感想が
「なんだこいつら、そんなレースしていてゴールはずっと先だぞ」と思った
しかし、少しずつ「えっ?嘘だろ… 他の馬はなにしているの?」
トウショウボーイの敵は、テンポイントだけ
テンポイントの敵は、トウショウボーイだけ という感じ
他の馬なんて、レベルが違いすぎて敵ではないというか無視の状態であった
それがゴールまで続くのである
マッチレースとはこのことではないのであろうか…
そして、テンポイントの勝利
トウショウボーイに初めて勝ったのである
ビデオでのレースとは言え、オイラは固まった…
実際にその場に、親父に連れて行かれたのに見ていなかった
このことを今でも悔やんでいます。
このレースは、レンタルでもあったと思うので競馬ファンの人にお勧めのレースです
見て絶対に損はないはずです。