木々の緑も色濃くなってきていますね〜!
鹿児島県には、樹齢1000年近くや1000年を超える様々な巨樹大樹がありますが、他にも様々に数百年を生き続ける、木々があります。
鹿児島市内で訪れたことがある、色々な保存樹を再アップですが、ご紹介します。一枚ずつに説明文があります。
保存樹について詳しくは→ http://www.city.kagoshima.lg.jp/…/kankyohozen/shizen/hozonj…
大変な状況ですが、身近な自然を愛でながら、散策を楽しみたいと思います♬

 

鹿児島県の保存樹で、訪れたところを、色々とご紹介します😊 

写真1枚ずつに少し詳しい解説をつけます😊
鹿児島県の巨樹・大樹の中から、訪れたところ(一枚ずつ解説付)樹齢400年〜1500年ほど〜 は、別にアルバムにしてあります🎵
ヤマモモの大樹(樹齢推定250年)*西郷隆盛 野屋敷跡 楠林(15本、830㎡)*大久保利通生い立ちの地 楠(樹齢推定250年)*鴨池日枝神社 タイサンボク(樹齢推定180年)*旧島津氏玉里庭園 *荒田八幡宮 クスノキ(樹齢推定600年) 32本のクスノキ樹林(保存樹林) *照国公園 クロガネモチ(樹齢推定180年)

ヤマモモの大樹(樹齢推定250年)*西郷隆盛 野屋敷
野屋敷は、西郷隆盛が青年時代(別名:吉兵衛、吉之助)、困窮した家計を助けるために、開墾して里芋や甘藷(サツマイモ)などを植えた農地がまわりにあり、西郷がよく一人で滞留していたところでした。(屋敷といえば広大な邸宅を想像しますが、6畳、3畳、4畳、2畳(いろり部屋)の田の字形の農事小屋でした。)

明治6年遣韓使節派遣がかなえられず、帰郷した西郷隆盛は、武屋敷に住んでいましたが、面会人を避けるため、暫し利用していました。明治10年西郷が「西南の役」に出陣したあと、妻(いと)が11人の家族と生活していた場所でもあります。
この屋敷跡にある山モモや大名竹は西郷が植えたともいわれています。
9月24日、イト夫人と家族はこの農事小屋から、城山から煙が立ち上るのを目にして城山陥落を知ったと伝えられています。

楠の樹林15本*日本の近代化に尽力した大久保利通が、少年期に3歳上の西郷隆盛と同じ郷中で育った場所です。

クスノキ(樹齢推定250年)*鴨池日枝神社

タイサンボク(樹齢推定180年)*国指定名勝 旧島津氏玉里庭園〜
薩摩藩主・島津斉興が、1835年に別邸として構えた、大名庭園。
西南戦争で消失したが、島津久光が再建。上御庭と下御庭があるが、下御庭を公開中。
の太平洋戦争によって茶室、長屋門、黒門を残して建造物は焼失し、庭園は灯籠などが破損したものの、大きな被害を免れた。昭和26年(1951)には鹿児島市が玉里邸跡地を買収し、昭和34年(1959)鹿児島市立鹿児島女子高等学校が移転した。この時「上御庭」は一部を残して校舎及び運動場に改修された。「下御庭」は大きな改変を受けていないことから昭和49年(1974)に「玉里邸茶室付庭園」として鹿児島市記念物(名勝)に指定された。〜とのことです。
庭園は、無料公開されていて、駐車場もあり、ゆったりと散策できる素敵なところです

荒田八幡宮のクスノキの御神木(樹齢推定600年)〜
後奈良天皇の天文22年(1553年)、島津15代貴久公が八幡宮再興の際に植え付けられたと伝えられているそうです。
昭和48年鹿児島市条例により保存樹林第1号に指定された、クスノキの大樹だそうです。