死にたいブログ ~ ザ・デス・マーチ(The Death March) -10ページ目

悪夢

悪夢を見ているように、眠りたくても眠れない、いや、眠っているのに眠っていないような状態。

 

仕事のプレッシャーで寝た心地がしない。

 

些細なことなのかもしれないのに、仕事の事を考えると憂鬱すぎて眠れない。

 

このしんどい状況、今の仕事を乗り切ればと思うが、次に更に鬱な仕事が来たらどうするかと考えると死にたくなる。

 

会社を辞めた方がよいだろうか。

 

仕事に前向きになれない。

 

辛い。

 

死にたくなる朝

もう嫌だ。

 

これから2か月ぐらい、毎日死にたくなる朝で目覚めるのか。

 

この案件が終わったら、もう全てを終わりにしたい。

 

物事がうまくいっている気がしない。

 

ストレス。

 

全てがストレス。

 

上手く行かせる事が出来ない下手くそな自分に苛立ちつつも何もできず、臆病に首を傾げているだけ。

 

死んでしまいたい。

 

 

 

 

自責の塊

仕事をすると何事にも自責の念に駆られて辛くなる。

 

認知が歪んでいるのだろうか?

 

そんな状態にとらわれ過ぎているだけなのだろうか?

 

とにかく不安で食欲もわかない毎日は嫌だ。

死にたい

緊急事態宣言が開け、業務が再開するにつれ、激務が再び始まり、得も言われぬプレッシャーと不安で押しつぶされるような痛み。

 

コロナで死ねれば良かったのか。

 

苦しい。

 

この苦しさから逃れたい。

 

実際に心配している事は、旗から見たら、大したことで無いのかもしれないけれど、不安で苦しくなる。

 

不安による苦しさを常に味わう事がこの世の地獄に思える。

 

認知がおかしいのか。

 

避けられぬ不安感の苦しみは、思考停止を生み出して、仕事が手につかなくなってくる。

 

そこへ自責、自己否定が始まると、負のスパイラルで死にたくなるのだ。

 

両極端な0、1思考。

 

死ぬか生きるかではなくて、今をどう乗り切るか。

 

どうもしようもない不安は、しんどい原因は時間が解決してくれるものもあるのだと思って、気持ちだけでも楽になりたい。

 

己を突き動かすものは、不安感でしかないと思うと、生きるという事は、生命の恐怖感にさらされて動かされるだけの活動なのだろうか。

 

その不安感さえ解消できれば、もう何もいらないと思う、そんな欲求の低次元。

 

 

 

 

 

死にたい朝

朝になると死にたくなる。

 

緊急事態宣言が終わりかかり、仕事が再開し始めるにつれ、鬱が始まる。

 

仕事が自分の精神を追いつめる。

 

仕事に触れなければ、仕事の事を一切考えなければ精神は安定するのだ。

 

ここまで精神を病ませる仕事を続ける事は果たして良いのだろうか?

 

そもそも仕事とはそうして精神を病ませるものなのだろうか。

 

生かせてほしい。

 

自分は生きる事が許される場所が欲しいだけなのだけれど、生きているだけの辛さは、生きている限りは味あわなければならないのだろうか。

 

成長もなく、老化だけが進み、下り坂の人生で、人生を進める意味が分からなくなってくる。

 

安らかに死ねれば良いのか。

 

それでも生きたいと思うのか。

 

死ぬか生きるかの単純思考しかない自分がいます。

 

助けてください。