読者の皆さまには、いつも私のお話しを楽しみにしてくださいまして、ありがとうございます。
さて、第4話です。
結構、ガチなお話になってるでしょ
シジン&モヨンのラブラブな物語を期待していた方には、申し訳ないと思いますが、本来キューブはこういったお話を書くのが好きみたいです。
…ということで、その辺のところお許しいただけるようでしたら、今回もどうかお楽しみいただけますように…
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~星降る島のサンクチュアリ~ ≪4≫
特診病棟から救急室のある棟へと渡る渡り廊下を、モヨンは声に出して文句を言いながら歩いていた。
「ウンジの奴、なんなのよ!人のことをベラベラと!」
すると、後ろから「待てよ!」という声が聞こえ、振り向くとユンギが走って来るのが見えた。
そして、渡り廊下の中央でモヨンを捕まえると、息を切らせながら言った。
「逃げるなよ!まだ話は終わってないんだ。」
「な、何なんですか?・・・」
モヨンは、必死な様子のユンギに面食らいながら尋ねた。
ユンギは、息を整えるように何度か深呼吸をすると、モヨンの目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「昨日俺が最後に言った言葉、聞こえただろ?」
「えっ?」
モヨンの脳裏に、再び昨夜の出来事が浮かんだ。
そして、横断歩道を駆け抜けながら、背中から追いかけて来たユンギの言葉も・・・
『本当の理由は他にあるんだ・・・ヘソン病院にはお前がいたからさ』
そう・・・モヨンは、何よりもその言葉の意味を図りかねていた。
そして、おそらくあの場でその言葉を聞いていたであろうシジンの気持ちも気がかりだった。
だからこそ、モヨンはその時ユンギの話しに耳を傾けてしまった。
そのまま振り切ってしまえば、あるいはこれから起きる出来事の先行きも変わっていたかもしれないのに。
一度聞いてしまえば、知らなかった昔には戻れない。
増してや、それが自分の将来にかかわることであるならなおのこと・・・
どんなに小さな分かれ道であっても、間違った道を選んでしまえば、いつの間にか進む方向は変わり、気づいて振り返ったとしても元の道には戻れないこともある・・・
今モヨンは、ささやかな好奇心から、その間違った道に、それとは知らずに足を踏み出してしまっていた。
黙り込んでしまったモヨンに、ユンギは確信したように「聞こえてたんだな?」と笑った。
そして、一歩近づくと声をひそめた・・・
「半年したら、俺はミョンイ大学付属病院に戻ることになってるんだ。」
ユンギは、それまでの軟派な雰囲気からは打って変わって、真剣な眼差しで話し始めた。
「そ、そうですか。でも、そのことと私に何の関係があるんですか?・・・」
モヨンは、ユンギの話しの意図が掴めず尋ねた。
「それがあるんだよ。俺が戻る時、お前も一緒に連れて行く。そのためにここへ来たんだ。」
「えっ?・・・」
ユンギの言葉に、みるみるモヨンの目が見開かれた。
そして、驚きのあまり何も言えないでいるモヨンに、さらに畳みかけるようにユンギが言った。
「お前には、胸部外科の教授の席を用意してある。だから・・・」「待って!」
モヨンは、あまりにも突拍子のない話に混乱しながらも、なんとかユンギの言葉を遮った。
「待ってください。おっしゃってる意味が分かりません。教授の席って、そんな簡単に・・・」
「それが、俺にはできるんだよ。」
ユンギは、口元に不敵な笑みを浮かべながら言った。
モヨンは、その言葉にあからさまに怪訝な表情を浮かべた。
「今さらですけど、ミン先生って何者なんですか?・・・」
モヨンは、募る不信感に、すでに、”ユンギオッパ”と親しみを込めては呼べなくなっていた。
「モヨンには話してなかったな・・・ミョンイ大の理事長で、大学病院の院長をしてるのは俺の親父だ。学生の頃は、色眼鏡で見られたくなくて知ってる奴は少なかったしな・・・」
―えっ?・・・
「そして、俺も大学病院に戻れば、理事の一人だ。だからお前を教授として連れて行くのも簡単なことさ。」
―ああ、だから朝のミーティングの後、あんなにお偉い先生方に囲まれてたのね・・・
モヨンは、ユンギの告白に驚きはしたが、逆にこれまでのことの全てが腑に落ちた気がした。
そして、急激に冷えていく気持ちのまま、淡々と答えた。
「まるで、私の気持ちは無視ですか?・・・勝手に決めて押し付けるところ、昔と変わりませんね!」
―あの頃は、その強引さも魅力的に思えたけど・・・
「ミョンイ大学附属病院の教授の席だぜ?・・・誰が断るんだ?・・・おまけにお前には、キャリアも実力もある。誰も文句は言わないさ。」
ユンギは、モヨンの態度に信じられないといった風に言った。
しかし、モヨンは、大きなため息をひとつつくと、呆れた表情を浮かべて答えた。
「私のことをそんな風に評価してくださってありがとうございます。・・・でも、まずはそんなお話しをいただく理由がわかりません。何をどうお調べになったか知りませんが、この状況で正しい評価を受けているとは到底思えません。よって、そのお話はお断りさせていただきます。」
モヨンは、ユンギに向かってきっぱり言い放つと、再び踵をを返してその場を立ち去った。
ユンギは、取り残された渡り廊下の窓に寄りかかって、モヨンの凛とした後姿を見送った。
今度は追いかけることはしなかった。
―ちょっと性急過ぎたかな・・・まあいいさ、半年もあるんだ。
正義感の強いモヨンの性格からして、一度は断られるのは想定内のことだった。
しかし、ずっと平然とモヨンに相対していたユンギにも、心がざわつくことがひとつあった。
―モヨンに男がいたのは想定外だったな・・・
ユンギは、ミョンイ大学付属病院に戻ること以外に、ある目的を持って帰国していた。
その目的を達成するためには、絶対にモヨンの力が必要だった。
だから、帰国前にモヨンの医師としてのキャリアについては、リサーチをしていた。
もちろん、モヨンは、大学病院に教授として迎えることを父親に承諾させるのに十分な力を持っていた。
だが、プライベートなことにまで目を向けていなかった・・・
いや、寝る暇もない救急の仕事と、自分の知っているモヨンの性格から言って、恋人などいるはずがないと高を括っていたのかもしれない。
―それも相手が軍人とは、やっかいだな・・・ちょっと調べてみるか・・・
ユンギは、ポケットからスマホを取り出すと、電話を掛けながら歩き出した。
しかし、ユンギにとって、本当の意味でやっかいだったのは、モヨンの恋人の素性などではなかった。
それは、思いもよらず自分の中に湧き上がった”嫉妬”という感情だとユンギ自身も気づいていた。
ここまで綿密に計画を立て、冷静にことを運ぼうとしていたユンギにとって、それは全てを狂わせかねない危うさを纏った、文字通りやっかいこの上ない感情だった。
「まったく!・・・教授として連れて行くって何なのよ!・・・餌をぶら下げれば誰でもついて行くと思ったら大間違いなんだから!」
モヨンは、救急室へ戻る廊下を険しい表情で歩いていた。
ぶつぶつと小声で文句を言いながら歩いているモヨンを、すれ違うスタッフ達が怪訝な顔で見ていてもお構いなしだ。
すると、ポケットの中でメッセージの着信を知らせる音がした。
スマホを開くと、シジンからのメッセージだった。
{ちょっと電話できる?}
たった今、ユンギとあんな話して来たところで、あまりにもタイミングよくシジンからのメッセージが来て、モヨンの心拍数は一気に跳ね上がった。
そして、次の瞬間、モヨンはさらに気持ちが沈むのを感じた。
―えっ?・・・まさかデパート?
シジンからこんなメッセージが来た時は、危険な任務に向かうことを知らせるためのことが多かった。
モヨンは、メッセージへの返事は返さず、すぐに電話をかけた。
「もしもし?・・・」
「もしもし?・・・あれ?モヨンさん、声が暗いですね。デパートに行くと言われると思いましたか?」
「えっ?・・・違うの?」
「うん、違うよ。」
”デパートへ行く”とは、二人にしかわからない隠語だ。
非常任務を命じられた時、シジンはこの言葉でモヨンにそれを伝える・・・
シジンのいる世界は、何もかもが”規定上の秘密”という名の分厚いベールの向こうに隠されている。
それは、たとえ大切な恋人であっても、どれ程信頼できる家族であっても、任務の内容を話すことはできないということ。
それでも、モヨンは恋人として、シジンが命を懸けて任務を遂行している時に、それを心配する権利が欲しいと頼んだ。
その想いが”デパートに行く”という言葉に込められている・・・
シジンが、この言葉を口にした時、モヨンは泣きたくなる気持ちをなんとかこらえて明るく送り出す。
もちろん、モヨンが無理をして笑っていることは、シジンは百も承知だ。
そして、決して拒否することのできない命令には、もしかしたらもう二度と会えないかもしれないという悲しい予感がいつも付き纏う・・・
だからこそ、シジンはメールなどではなく、必ず直接声でそれを伝えるようにして来た。
会う時間が取れる時はモヨンの顔を見ながら、それができない時は電話で・・・
それは今では、二人にとっては出動前の儀式のようなものになっていた。
「それなら、どうしたの?・・・仕事中にわざわざ電話なんて滅多にないのに・・・」
任務でなければないで、また心がざわつく・・・
そんなモヨンの心配をよそに、シジンは少し照れたような声で「モヨンさんの声が聞きたくて・・・」と答えた。
「ええ?・・・ちょ、ちょっと。いきなり・・・」
いきなり何よと言おうとして、モヨンはピンと来ることがあって思わずふっと笑った。
「ねえ、もしかしたらユンギオッパのことが気になって?・・・」
「えっ、あ、いや・・・そういうわけではないけど・・・今朝は寝てる間に帰ってきちゃったし、次に会う約束もしてなかったし・・・」
シジンは、いきなり確信を突かれて、しどろもどろになんとか言い訳をしようとしたが、結局は「まあ、白状すると・・・そうです。」と小さな声で答えた。
「もう!・・・そんなに私が信じられないの?」
モヨンがわざと怒った声色で言うと、シジンは甘えるような声色で答えた。
「モヨンさんのことは信じてます!・・・でも、やっぱり気になって・・・」
「何か話しましたか?・・・」
シジンが遠慮がちに尋ねた。
「べ、別に・・・もちろん挨拶はしたわよ。でもそれだけよ。」
モヨンは、つい数分前のユンギとの出来事を、すぐにシジンに話す気にはなれなかった。
それだけ、今のユンギの様子と聞かされた話しは、モヨンを混乱させていた。
もちろん、隠すつもりも隠す必要もないことだったが、今、電話で話すのが嫌なだけのことだった。
「デパートに行かなければ、軍人さんは暇なのかしら?・・・まったく!」
「誘われても行ったらダメですよ!」
「行かないわよ。行くわけないでしょ!・・・私、これから会議があるの。忙しいんだから切るわよ!」
モヨンは、プッと通話を切ると手の中のスマホに向かって「このやきもち焼き!」と悪態をついた。
―まあ、でもそれって裏を返せば愛されてるってことか・・・
モヨンは、一人納得すると、口元が緩んでくるのを感じた。
そして、同時に強引に電話を切ってしまったことを後悔もしていた。
『本当の理由は他にあるんだ・・・ヘソン病院にはお前がいたからさ』
シジンは何も聞かないが、恐らくユンギのあの言葉を彼も聞いていたはずだったのだと、モヨンは思い出していた。
だからこそ、仕事中にも拘わらず、探るようなメッセージをしてきたのは明らかだ。
モヨンに、強引に電話を切られてしまったことで、さらに不安を募らせているかもしれない。
―やっぱり、話しちゃえばよかったかな・・・
モヨンは、たった今までシジンと話していたスマホを見つめながら、大きなため息をひとつついた。
「切られちゃいましたか?・・・」
ソ・デヨンが、憐れみの籠った声で言った。
特戦司令部の事務室で、報告書の作成をしていたシジンは、テヨンと二人きりなのをいいことに、モヨンと電話をしていた。
一方的に切られた電話を唖然とした顔で眺めていると、テヨンがさらに同情するように言った。
「お互い、恋人には頭が上がりませんね・・・いつも心配をかけてるって負い目があるから、駆け引きをする時は、常に不利な状況です。」
「本当にその通りです・・・返す言葉もありません。」
大きくため息をついたシジンの肩を、テヨンが慰めるようにポンポンと叩いた。
朝は、昨夜のことを蒸し返してしまいそうで、モヨンが目覚める前に部屋を出た。
それでいて、一日も経たない内に、モヨンの声が聞きたくなった。
さりげなく探りを入れようと思っても、結局モヨンには真意を言い当てられてしまった・・・
いつでも、最後には嘘は見抜かれ、それでも”規定上の秘密”は話すことはできず、シジンは冗談でその場を収めるか、沈黙する以外なくなってしまう。
―まあ、今回は焼きもちがバレただけだけど・・・
ただ、シジンは今の電話に、ほんの少しの違和感を感じていた。
何となく、モヨンに嘘をつかれたような気がしてならなかった。
―本当は、何かあったのかな・・・
シジンは、午後の気怠い空気が漂う事務室で、今日何度目かの大きなため息をついてから書きかけの報告書に視線を戻した。
つづく
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さて、いかがでしたか
今回のお話の中で、ミン・ユンギ登場の理由が少しわかってきましたね。
ここで、一応第1章の終わりという感じです。
次回からは、このことを踏まえて、また新たな展開へと進めて行きたいと思っています。
ところで、このミン・ユンギさん。
本編では、モヨンの初恋の相手であり、ユン・ミョンジュと仲が悪くなった原因になった方という設定になっています。
しかし、その人物像はまったく明かされていませんね。
いい人だったのか、悪い人だったのか、男前だったのか、背は高かったのか低かったのか、などなど…
どうやら、モヨンの元カレらしいという程度で、実際には本当に付き合っていたのかさえ曖昧なままでした。
そうなると、2人の仲がどう終わったのかも曖昧…。
そんなあたりから、想像を膨らませて、今回のお話のキーパーソンとして使わせてもらおうと思いつきました。
まぁ、ユンギオッパ的には、不本意かもしれませんが、完全に悪役ですね…
シジン vs ユンギオッパであることは間違いないです
…ということで、今回はこの辺で。
次回もどうぞお楽しみに
By キューブ
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