リーダーは笑うべし。『坂の上の雲』第十一回 二百三高地(2011.12.30記) | リーンのガラパゴスサロン~趣味や娯楽の広場

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「こういうこと(東北に金山が出たという嘘)は笑えんじゃろうなあ、乃木は。頭が硬うて、だから駄目なんじゃ」


                          帝国陸軍参謀長 児玉源太郎



 日本は戦争に向いていない。絶対に。


 この極東の島国で他国に誇れる資源がひとつあるとすれば、それは


 人材


 というべき人間たちだけだろう。石油も車ひとつ動かすほどには産出せず、鉄鉱石も船一隻はつくるほどにはほど遠い。東北に金が出てそれが知れ渡って黄金の国ジパングと呼ばれたのは遥か昔のこと。日露大戦のさなかに金が出た、といったのは大山元帥のほとんど口から出まかせだったとか。資源のない国が闘うために嘘を使って戦士を鼓舞しなければならないほど、すでに帝国軍隊は追い込まれている。ステルス戦闘機が上空を跋扈する今なら、日本はどこと戦争をしても勝ち目はない。まだ戦車が戦史上に登場しない時代だからなんとか戦えた。日露戦争で辛くも日本が勝利したのは、まだ人材の能力で戦争がかろうじて遂行できる19世紀だったからではないか。江戸時代末期の武士階級が生き残って公に尽くす精神性をもって戦ってもなんとか立ち向かえる時代だったからだ。これ以後、地球の物資を食い尽くす形で行われる戦争は、やはり遂行してはならなかった。それでも、太平洋戦争はやらなければならかったのでしょうか……。


 もし、戦争が将棋のようなゲーム形式で、持ち駒を互角にして行われれば、ひょっとしたら日本は戦争で連戦連勝するかもしれない。羽生善治のような天才もその世界では出現しているから軍略をひねるのは造作もない。しかし旅順攻略戦においてはロシアと日本の持ち駒の差は歴然としている。飛車角金銀から歩まで勢ぞろいのロシアの要塞に、一番戦力の弱い歩だけをもってひたすら突撃したのが日本ということになろうか。


「あん二百三高地、おいの軍がみな死んだらなんとか取れるじゃろうか」


 北海道第七師団の師団長・大迫(品川徹)がいみじくも述べたが、歩の力を持って突撃することだけが唯一の攻撃手段だった。乃木(柄本明)以下参謀は不思議なほどに兵隊を突撃させること以外の戦法論をすべて排除した。28サンチ榴弾砲を使用する、将棋でいえば最強の攻め駒・飛車が戦力アップした竜王を配備する考えを「据えるのは時間がかかる」という理由ではねつけていた。

 

 兵隊がいない、持たせる弾がない、物資もなにも日本は送って来ない。だから戦争ができない。


 自己啓発的にいえば、否定する考えばかりが頭を覆い智恵もでてこない。なにより、乃木が指揮する第三軍はみな頭が固くくそ真面目で雰囲気が暗い。真面目な性格は平時において組織の規律を守るには適しているが、非常時に適応した行動をとるにはまったく向いていない。


 そこで帝国軍全体の参謀であるはずの児玉(高橋英樹)が作戦部隊の指揮をとる非常手段をとった。一度配備した指揮系統を変えさせるのは軍率違反だが、


「軍の秩序を守っても、日本が滅びたら何にもならんじゃろ」


 と非常事態に優先すべき事柄をわきまえ乃木の指揮系統を一時剥奪した。組織の秩序より日本全体の命運を気にするのが非常時の心得ということを児玉はわかっていた。ようやく28サンチ榴弾砲という竜王を配備し二百三高地を奪取した。


「そこから、旅順港はみえるか!!」


「見えまあす。丸見えでありまーす。うっ、うっ……」


 旅順を見渡せる高台を奪取した兵隊と児玉が電話を通して短い交信をおこなう。血と汗、そして疲労にまみれた兵士の叫び、目的遂行のために最後まで細心の注意を払う参謀長、それだけの会話ですが、みているこちらにも熱い物が迫ってくる。それまでに繰り広げられた阿鼻叫喚の殺戮、屍が高地の肌に横たわるその上で感じた勝利の味、もはやなんと表現していいのかわかりません。


 児玉は奪取した二百三高地を乃木に任せ、「わしゃ腹が痛いんじゃ」とつまらない理由をつけて参謀本部に戻ってゆく。


「腹がいたいから歯医者を呼んでくれ」


 腹痛といっておきながら頬を押さえて歯の痛みをこらえてみせる。部下に簡単に見抜かれる猿芝居を児玉は打った。詩人としての才能があふれる盟友の乃木に比べ、俳優としての才能が乏しく軍人としての才しかない児玉、でも猿芝居しかうてない児玉が結局は第三軍の苦境を救ったことになる。戦争を忘れた日本人にこの勝利の理由をドラマの中からさぐれば、それは児玉の切迫時に笑える余裕、ということかもしれません。笑える余裕が思考の広がりを見せ、かえって非常時に大事なものを優先する厳しさを産んだということかもしれません。ちょっと、安易な結論かもしれません。



 しかしロシアの脅威はまだ北方にある、クロパトキン率いるコサック師団が南下してくれば日本はそれを受けとめることができないかもしれない。このドラマで児玉とともにどこかおかしみのある人柄を醸しだしているのが秋山好古(阿部寛)。冒頭、日本に金山がでたと聞いても


「わしゃこれ(ブランデー)があればいいんじゃ」


 といって落ち着きはらう好男子ぶり、でもアルコール摂取は軍率違反になりませんかね?ともかく、好古の腕の見せ所がついに来たようです。まだ日本の危機は去っていない。