少子化は世界史上において不可避なのか | 日本を安倍晋三から取り戻す!真の国益を実現するブログ

日本を安倍晋三から取り戻す!真の国益を実現するブログ

安倍総理大臣の売国政策に我慢ができず、ブログを始めることにしました。
真の国益を実現するため、外交・国防・憲法・経済・歴史観など
あらゆる面から安倍内閣の政策を厳しく評価し、独自の見解を述べていきます。


テーマ:
今さらですが、わが国の少子化は止まりそうにありません。
2017年に生まれた子どもの数(出生数)は前年よりも3万人余り少ない94万6060人となり、過去最少を更新したとのこと。出生率は前年に比べて0.01ポイント下がり、2005年に最低の1.26を記録してから緩やかに回復してきたようですが、ここ数年は1.4台前半で頭打ちの状態が続いています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31269800R00C18A6EA4000/

一般には少子化の原因として、育児や仕事と子育て両立の負担感増大や実質所得の減少等経済的要因があげられることが多いかと思います。
そこから、政策として、保育サービスの拡充や働き方改革、男女共同参画の推進、児童手当の拡充等が推進されています。

しかしながら、次のブログ『Think outside the box』(拙ブログでは繰り返し引用させていただいております)では、世界各国の各種統計値を用いて、女性の社会進出、キャリア化が進むこと、進んできたことが、少子化の主な原因であるとの仮説を立てられています。
(最近のブログ記事)
http://totb.hatenablog.com/entry/2018/07/31/231050
http://totb.hatenablog.com/entry/2018/07/29/230507
メカニズムとしては、こうです。
女性のキャリア化、管理職割合の増加が進み、男性の非正規雇用が増加する中にあっては、女性の要求水準に合った男性は、より一層少なくなり、非婚化加速、ひいては合計特殊出生率は低下する。前提としては、女性の上方婚志向があります。
(こちらのブログが分かりやすい)
『女が稼ぐほど結婚できなくなる必然』

女性が結婚相手の経済力を重視するのであれば、つまり上方婚志向が、世界共通で普遍的生物学的なものであるならば、少子化を止めることは避けがたいと言わざるをえませんね。

評論家 中野剛志氏の今話題の著作『日本の没落』(P62~70)においても、「少子化」が取り上げられ、ドイツの哲学者オズヴァルト・シュペングラーの『西洋の没落』から、次の文章が引用されています。
こうなったとき、現存在がいよいよ根を失い、覚醒存在がいよいよ緊張してくるという事実から生ずる現象は、かの文明化した人間の不妊である。(中略)ここで論じていることは、近代科学が当然のこととして研究したような、きわめて平凡に因果的に、例えば生理学的に理解されうる何者かではない。ここに存するものは全然形而上学的な死への転帰である。世界都市の週末の人間は個人として生きようとするが、型として、群れとしてはもはや生きようとは欲しない。

シュペングラーの生きた時代(19世紀後半から20世紀初頭)のヨーロッパにおいても、出生率低下が進んでいました。
先のシュペングラーの文章にある覚醒存在とは知性、現存在とは自然のことです。つまり、中野剛志氏も述べているように、そもそも、文明化した人間というものは、子供を産まなくなるのです。文明化した人間は、覚醒存在が肥大化し、現存在が弱体化しているため、出産という自然的なものが衰えるのです。また、個人主義的な価値観の蔓延が少子化をもたらすのだと。

中野剛志氏の文章をそのまま引用します。
<しかし、もし少子化が、シュペングラーの言う通り、世界史上において不可避な「没落」現象の一側面なんだとしたら、政府がどのような対策を講じようが根本的な解決には至らないということになろう。

とは言え、絶望してはなりません。
著作内最後のシュペングラーの言葉からの引用です。
われわれは、この時代に生まれたのであり、そしてわれわれに定められているこの終局への道を勇敢に歩まなければならない。これ以外に道はない。希望がなくても、救いがなくても、絶望的な持ち場で頑張り通すのが義務なのだ。




よろしければ、一日一回バナーのクリックをお願いいたします。





憂国の一国民(財政危機はウソ)さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス