DAIGOの読書日記
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2012-06-10 07:10:01

インターネットはからっぽの洞窟

テーマ:日常


DAIGOの読書日記
クリフォード・ストール著 倉骨 彰訳 草思社 1997



最近、インターネットについてよく考える。


インターネットって、私たちにとって本当に有用なものなのか、どうかということに。


実際、インターネットで何かを検索すれば、大概のものは見つけることができる。


金環日食の画像を見たければ瞬時に最高の写真を見つけることができるし、フェルメールの人生について調べたければ瞬時にいくつもの彼のストーリーを見ることができるし、うさぎの島と検索するだけで瞬時に島の画像や行き方、宿泊施設まで調べることができる。


イスに座っているだけで、情報をもたらしてくれる手段、それがインターネット。


ただただ、この頃そんなインターネットに疑問を持っている。


それは、知らぬ間にインターネットの前で過ごしてしまう貴重な時間と、家にいるだけで何も苦労なしに手に入る貴重な情報である。


まずは、時間。


今はインターネットで時間をつぶすには最適な季節である。


というのは、アメーバピグのようなゲーム、フェイスブックやミクシィのようなソーシャルネットワークなど、画面を見ているだけで、次々と情報が更新されていくサイトが増えた。


また、経験。


金環日食を撮るためには、ある程度のカメラやレンズ、そして天候を調べ、日食を見られる時間まで写真をとる準備をしなければならない。


また、準備をして写真を撮っても、それが写っているどうかは分からない。


でも、インターネットでクリックするだけで、簡単に素敵な画像を手に入れることができる。


それに、ダウンロードもすることもできる。


そんな簡単に何でも手に入るようになったらどうだろう?


それは読んでいる人にお任せする。


今日の本は、1997年の本だけど、インターネットに対する問題点がいくつも書かれている。


この本を読んで、インターネットに対する考え方が少しでも変わったら、今後につながってくるのかな、なんて思いました。。。

2012-04-21 06:11:22

漫才ギャング

テーマ:日常


DAIGOの読書日記
品川 ヒロシ リトルモア 2009


夢とお金。


「もしこの二つのいずれかを得ることができます」といわれたら、どちらを選ぶだろうか!?


私だったら、、、、私だったら、、、


この「漫才ギャング」という本を読んでから、ずっと考えていた。


お笑いが好きで、お笑いの道を歩んだ2人のコンビ。


最初は売れたが、だんだんと年月を重ねるうちに仕事は減り、借金をするほど収入がなくなってしまう。


そして、2人のうち1人が「解散をしたい」といって、もう一人の元を去っていく。


解散したいといった彼の目には、最初の頃のようなお笑いが好きという気持ちが見えなくなっていた。


取り残されたもう一人の男はふとしたきっかけで、ドレッドヘアーの男と出会い、コンビを組み、お笑いの道を進んでいった。


それを見ていたら、ふと漫才の道を目指していたかつての心を思い出した。


そして、いつか漫才をやりたいと思い出す。


そんな物語を読んでいると、私も昔の夢を思い出した。


私の夢は、世界中のあらゆるところを旅をすること。


もの珍しい景色を見て、いろんな世界にいる人と出会い、かけがえのない経験をすること。


何度も何度もいろいろな場所に旅をしたけど、、、


気がつくとどこかひとつの場所に定住している。


いつの間にか今の職場に8年もいる。


お金に負けてしまった。


本当はもっともっと自分の好きなことを続けていればよかったのかなと今振り返って思う。


どんなことでもそうだけど、それをやり続け、きわめて行けば、そこに安定した暮らしやお金が保証される。


また、その先が見えなければ、それを自分自身が切り開けばいい。


この本を読みながら、夢をかなえるための勇気をもらったような気がした。。。


さて、そろそろ真剣に夢をかなえるためにがんばろうかな☆ノノ

2012-04-07 05:30:54

ダブルファンタジー

テーマ:日常


DAIGOの読書日記
村山 由佳 文藝春秋 2009


今までたくさんの国を旅をした。


いろんな景色を見てきたけど、行ってみたいところがある。


それは、香港の九龍城。


正直、行ったことがあるのだけど、そのときはもう取り壊されてて、ほかの香港の街並みとあまり変わらなかった。


なぜ、興味を持ったのかというと、旅をはじめたとき、いろいろな人から九龍城があった香港は楽しかったと聞いていたからだ。


九龍城は国境を守るために作られたものだが、だんだんとその意味がなくなると、たくさんの難民が城に入り込み、次々と住居を建てるようになった。


気がつくと、いつの間にかマンションのようになっていたという。


巨大なスラムマンション。


その響きが妙にそそられる。


今はなき九龍城ってところも、さらにそそられるところなのかもしれない。


この小説の中にも、九龍城が描写されていた。


「旬戦後、本土の難民が続々と流れ込んで家を建て始め、最初は大砲のすえつけられている周りを避けるように立てて、その周りにさらに建物がもたれかかるように立てられて、といった具合に広がっていった。で、どんどん広がり続けるうちに、しまいにはもう、すんでいる者でない限り、迷い込んだが最後死ぬまで出てこられないくらいの迷宮になってしまった。ある意味、これ以上の要塞はないわけです」


その文章を読みながら、迷路のようなスラムマンションを想像していた。


迷路って、戻ってこられないという不安がある。


一生元の世界に戻れないかもしれないという。


でも、考えようによっては、常に新しいものに出会える可能性もあるっていうこと。


どこか知らないところに旅に行く才能があるかどうかは、このような迷路を楽しめるのか、不安になるのかにあるような気がする。


って、全然このストーリーについて書いていないので、ちょっと書こうと思う。


三十五歳の脚本家が、尊敬する男とのメールのやり取りで家を飛び出す。


尊敬する男やいろいろな男たちと触れ合うにつれて、今まで見えていなかった自分自身や家庭が見えるようになってくるという話。


人というのは、今までいる場所から少し離れてみたいと、なかなか自分自身のおかれている状況が見られないのかな。


そこは、ちょっぴり旅と似ているのかもしれない。。。

2012-04-03 05:14:22

英雄の哲学

テーマ:日常


DAIGOの読書日記
イチロー×矢沢永吉 ぴあ 2006


ときどき旅をしていて思うことがある。


「今この場所に立っているけど、どうして昔と今の気持ちは違うんだろ」って。


たとえば、桜を見に行く。


お気に入りの奈良県の吉野山に。


桜の季節の吉野の山には、これでもかと思うほどの桜の色がちりばめられている。


はじめは、見渡す限り桜に圧倒され感動。


それを2年、3年と見ていると、段々気持ちが変わってくることに気づく。


最初の年のような感動は、段々薄れ、


「しまいには、今年の桜は去年と比べて、一昨年と比べて」というようなことをつぶやくようになってしまう。


こういうことを無意識的にやっているのをフト感じている自分に、ときどき嫌になる。


どうしたら、最初に味わった感動をずっと持つことができるのだろうか!?


今日、紹介する”英雄の哲学”の中でも、プロ野球選手の中でも段々”野球好きじゃなさそう”だという選手がたくさん見受けられるということが書かれていた。


逆に、学校や職場、趣味で、本当に楽しそうに過ごしている人って、どのくらいいるのだろう!?


そういう風に考えると、あんまりいないような気がする。


では、楽しそうに過ごすにはどうしたらいいんだろう!?


この本の対談の中では”子供の気持ちを持ち続けること”と書かれていた。


子供が上手かろうと、上手くなかろうと、楽しそうに野球をするのは、野球は楽しいと思っているからと。


この部分を読んだとき、思わず笑ってしまった。


本当に腑に落ちたからだ。


子供が見ている景色って言うのは、常に新鮮なのかなと、最近子供と遊びながらふと思った。


というのは、その子はひとつ面白いことを見つけると、何度も何度も繰り返す。


こちらが逃げ出すまでずっと。


どうして飽きないのかなと、そのときふと感じた。


でも、それって、私にはおんなじに見える、ひとつひとつのことは全部違って、そのどれもが面白いと感じているのかな。


もしかしてだけど。


だからこそ、あんなにたくさん続けることができるのかな!?


そういうのをこの本でイチローさんが語っていた”子供の心”なのかな!?


そういう気持ちを常に持てるように、日々心がけていきたいと思いました☆彡

2012-03-28 06:16:27

江~姫たちの戦国

テーマ:日常


DAIGOの読書日記
田淵 久美子 NHK出版 2010


一人の人が生きる。


生きれば生きるほど、複数の人と”おんなじとき”を共有する。


それが、望んだものであろうと、臨んだものでなかろうと。


今回の作品”江”は、戦国時代の常に中心にいた。


おじである織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康。


また、彼らに従ってきた家臣たち。


歴史の教科書では、常に男たちの功績が語られる。


しかし、その男たちの裏で女たちも、必死に戦国という激動の時代を生きてきた。


以前、女はいつも男の政治の手段(同盟などの)と使われてきたと思っていた。


でも、彼女たちは他の家に身を寄せながらも、そこで家を支えてきていたのではないか。


また、男たちを裏でうまく操っていたのではないか、とさえ思った。


女の人は本当に強い。


その強さは、どこにあるのか!?


江はおじである織田信長に繰り返し”自分を信じること”を教わった。


昔から信長に似ていると言われていたせいか、それは信長だろうが、秀吉だろうが、家康だろうが、


自分の信じていることを物おじせずに伝えている。


不思議と、かの有名な武将たちも彼女の声に耳を傾けてしまう。


それは、彼女の奥に男たちは信長の姿を見ていたのかもしれないし、彼女のいうことが的を得ていたのかもしれない。


そして、最後に心に残った関ヶ原の戦いで負けた石田三成の言葉を書こうと思う。


武運とは運ではない。人だ。戦場を司る二人の大将、その大将の器と、人望が決するものなのだ」と。


大きな事を成し遂げるのは、ひとりの力だけではできない。


一人の人の裏に、何十、何百、何千、何万もの人が隠れている。


その人たちの心を魅了する器と人望がなければ、大きな事を成し遂げることができないのではないか。


そう、この本が語りかけてくれたような気がした。。。

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