福島県浪江町より。 | 伊達武将隊公式ブログ

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三月十四日(木)


伊達藤五郎成実である。






福島


これを聞いて、お主は何を思う。










仙台から約100㎞南、福島県は浪江町。



2年前の3月31日、帰宅困難区域が解除され、住民も少しずつではあるが故郷での暮らしを再開させておる。



浪江町は請戸地区。

海岸から300mのところに請戸小学校が建つ。




8年前の東日本大震災。
浪江町は震度6の強い揺れと約15mの津波に襲われ、180名を超える尊い命が犠牲となり、2万を超える町民が避難を余儀なくされた。



請戸小学校では、地震が起き、津波が訪れるまでの1時間弱の間。
教職員による迅速な避難により、82名の児童全員が無事であった。





校舎外に設置された時計台の時計は高さ10m。
時計の針は15時38分を示しており、津波の影響により止まったとされる。





8年もの時が経ってもこの時計は、この校舎はあの当時のままの姿で今も建つ。


この請戸小学校は、福島県で建造物として初の震災遺構の施設として保存する動きが出てきておるとの由。







海岸には防波堤が築かれ、土地の整備が少しずつ進められておる。



海岸は、海風が強い。

他は、波音と工事の音が響く。












東日本大震災で多くの町が被災した。



開発が進むところは、着々と町が築かれておる。





が、





あの時から、時が止まったままの場所もある。



あの時から、時が止まったままの人もおる。









福島について、東北について明るい報せもあれば、そうでない報せもある。


陽の当たるところには、必ず影も存在する。



これが、東北の今である。









東日本大震災で犠牲となった1万5897名

8年経った現在も、未だ行方が分からぬ者は2533名

加えて、震災に関連した犠牲者を含めれば、その数は2万2131名にも及ぶ。







復興の道のりは、果てなく遠く思える。




されど、我ら東北に住まう者には覚悟がある。




東北で生きる覚悟が。









愛する我が故郷よ





共に、生きよう!







前向きな記事だけを伝えるのが我らの役目に非ず。
現在の姿を確と伝えるのも我らが役目。
わしはそう考え、此度筆を取った。






今一度、問う。





福島


これを聞いて、お主は何を思う。





己が力を以てして、福を呼び込む島。



これが、

わしの生まれた愛する故郷

福島である。

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