於松が笑う横で | 大嫂のブログ

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「若様っ! お初にお目にかかります! 俺は宿屋七左衛門と申しまして、こいつは俺の弟の治郎助です!」
「宿屋七左衛門に治郎助ですか……」
「ししし」
 と、於松が笑う横で、牛太郎が罵声を浴びせていた中年が唐突に太郎の足元に這い寄り、太郎の顔を見上げた。
「太郎! 俺は、おめえのおっかあの弟だ! 春日井児玉の弥次右衛門だ! おめえも児玉の生まれだろ! なあ! この人に言ったって何も信じてくんねえんだよ!」
 ふいに男から飛び出た驚愕の言葉に声をなくして立ちつくす太郎。
「だから、テメーはとっとと出てけや!」
 と、牛太郎はいつになく軽快に栗綱から下馬してきて、自称太郎の叔父を突き飛ばし、柴田権六譲りの太刀を抜いた。
「もういっぺんそのデタラメ言ってみろ! 叩き斬ってやる!」
「でたらめなんかじゃねえよお! 本当だってば!」
「この野郎お。おいっ! 格さん! 助さん! この不届き者を取っちめてやりなさい!」
 すると、宿屋七左衛門、治郎助と名乗ったはずの屈強な若者二人が、牛太郎の声に機敏に立ち上がり、自称叔父の両脇を抱えて引きずり上げた。
「やめてくれ! 本当なんだ! 太郎!」
「ししし。こういう騙る野郎っていうのは長良川に沈めちまったほうがいいですよ、旦那」
「そうだ。よし。沈めろ沈めろ!」
「長良川より木曽川のほうがいいのではないですか?」
 新三があどけない顔してそう言うと、
「そうだ。よし。木曽川まで連行しろ!」
 と、牛太郎がまるで野盗の親分みたいに大声を上げる。
 若者たちに掴まれてあえぐばかりの自称叔父を前に、太郎はまったく整理ができなくて、何もできない。宿屋兄弟という新たな家臣もそうだし、突然現れた正体不明の男の真偽もそうだし、牛太郎の散財のことも叱りたいしで、何から手に付けていいものかわからない。
 いや、まずは、この男の真偽のほどなのだが、それを明らかにする手立てはなかった。
 突然、自分の前に現れた丹羽五郎左衛門の招介で沓掛城主となった牛太郎の小姓になる八歳まで、太郎は確かに尾張春日井群の児玉というところで実母と二人慎ましく暮らしていたが、親族というのものには会ったためしもなかった。
 幼年時代のことは曖昧な記憶であるし、実母の姿はひっそりとした思い出に留め置きたいので、自分の生い立ちなどは無理に調べないようにしている。
 だから、自称叔父などにはあまり関わり合いたくない。むしろ、牛太郎が一方的に怒り狂っているのも理解できた。天涯孤独の身から織田の侍大将に出世した自分に取り入ろうとして、こういう男が現れてきてもおかしくないからだ。
「太郎! 頼むよお!」
「気安く呼んでんじゃねえ! この不良野郎! 本当に殺すからな、おら!」
 殺生を好まない牛太郎がいつになく激怒しており、抜き身の太刀を握ったまま、男の腹を蹴飛ばした。
「何をやっておるんじゃっ!」
 門から梓がつかつかと出てきた。いつのまにか、玄関には家の女たちが出てきていて、抜刀騒ぎに恐々とした顔でいるが、梓だけは鬼の形相でいて、一瞬にして青ざめた牛太郎から太刀を奪い取り、それを放り捨てると、牛太郎の頬を平手で打った。
「門前で太刀を抜くとは何事じゃっ! いい加減にせいっ!」
「い、いや、梓殿。これには訳が……」
「訳も何も家の前を血に染めるつもりか!」
 豪華な陣羽織もむなしく牛太郎はしゅんとうなだれて、梓が宿屋兄弟と自称叔父に睨みをきかす。兄弟は梓の鬼の形相に怯んでしまって手を離し、自称叔父はへなへなと座り込んで、挙げ句にしくしくと泣き出した。
 於松はにたにたと笑っており、栗之介は黒連雀と栗綱を連れて庭先へ入っていってしまい、 相关的主题文章: