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 ※過去の出来事については記憶のまま私の主観で受けたままに書いています。

 ※娘に関わる過去の話は 娘からの話、私の記憶のまま書いています。

 

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昔私は「今(当時)よりぜったいに幸せになる!」という思いで色々なことをしてきました。

 

母子家庭は経済的にキツイ、可哀想というなんらかの刷り込みがありました。

 

実際、現代と違って昭和の時代に私が住んでいた地域では

 

そんな風潮もあったのは事実ですが

 

自分自身がそう思い込んでいたからです。

 

そんな私も母子家庭になりましたが

 

自分は父が他界したから母子家庭になったのであって

 

家庭不和で母子家庭になった可哀想な子なんかじゃないと思っていました。

 

 

※今は家庭不和だったり、一緒にいる方が辛かったり、修復する気がないなら別れる選択の方が良いと思っています。

 

 

当時は母子家庭というだけで可哀想だと思っていたのです。

 

だから自分のような見方をされたくなくて頑張っていました。

 

そしてそんな偏見や痛みをバネに頑張り、自分が思うような状況になり

 

結婚してからも経済的に安定した生活を送れるようになりました。

 

 

でも、母と会うとザワザワするんです。

 

なぜなら当時私は仕事も辞めて専業主婦でありながら快適な生活が出来ている

 

でも、母は私たちを育てるために働き、さらにその時も(今も)働いていたからです。

 

 

それまで一緒に大変なことを乗り越えてきたという思いもあり

 

私の中に自分だけこんな生活をしていることが申し訳なく感じたのです。

 

 

申し訳なさや罪悪感があったのですね。

 

 

だから、当時母が還暦になった時に同居を申し出ました。

 

私のその罪悪感の他にも色々な要素が重なり

 

同居は3ヶ月も持ちませんでした。

 

母も私ももうぐったりでした。

 

 

 

今ならそれが罪悪感からの押し売りだからうまくいくわけがないのは分かります。

 

でも当時はそんなこともわからず夫や夫の実家にまで話をしたのに

 

「気持ちは有難いけど、本当に助けてくれるなら困ったときに助けてちょうだい」と言って

 

出て行った母を

 

「私は夫にお願いして了承を得てわざわざ行動しているのに!

 

もう面倒なんて見てやらない!

 

なんて自分勝手でワガママなんだ!」

 

と思ってさえいたのです。

 

※でもインターネットを使用しない母でしたので新居は私が探しました。この時も申し訳なさとは別に出て行かせてしまったという罪悪感がありましたから

 

 

 

当時自分は親切心から行動していると思っていたのですよ。

 

親切心もおせっかいだったりするのですが・・(^_^;)

 

 

そんな母と少し距離を置いた数ヵ月後に母に会うと

 

 

1人(チワワも一緒)だけど気楽だし、好きなように楽しくやっている。

 

年齢的に色々大変だけど、仕事がないと張り合いがないし

 

仕事に出かけることでメリハリがあるだからボケていないと思う。

 

とか

 

おひとり様バスツアーや旅行に積極的に参加している様子を

 

聞いたりする中で私の罪悪感はなくなり

 

母は可哀想な人ではなく、生活を自立して楽しんでいる人と感じるようになりました。

 

 

そしていつの間にか「母より幸せになってはいけない」という思いはなくなり

 

自分も生活を楽しめる人になりたいという思いも出てきたのです。

 

 

そして「母が困ったらいざという時はいつでも助けてあげよう」と夫も協力体制でいてくれているので

 

それまでは母には自由に生活を楽しんでほしいと思っています。

 

母が幸せであることは私が幸せであることなんですね。

 

だから私が幸せになることに遠慮なんていらないのです(´∀`)