本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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私も年ですかね、このダラブロを書いていると、矢鱈と昔のことが次から次と思い出されて、過ぎ去ったことが懐かしく、そして、ちょっと寂しくもなるのです。なぜかって?それはこれまでに何人もの大事な人が亡くなっているからです。

一昨年の7月に役僧の永念さん(88)が亡くなりました。寺では住職と役僧というのは主従関係にあるのですが、永念さんは私の祖父の時代からの人ですから、私の幼い時分のことを知っていて、私にとって育ての親のような身近な存在でした。
永念さん

さて、もう15年程前のことになりますが、一人の役僧が私を批判してクーデターを引き起こしました。この時首謀者だったその役僧は、自分が寺を辞めることになった際、同じ仲間を扇動して道連れに退職するよう誘いました。私はこのような役僧間の動きを知って、この事態を半ばどうしようもないことと諦めていましたので、ある日、永念さんと二人になった時、私がふと「俺、独りになりそうやな」とこぼすと、この永念さんが「何を言うとるんです。ワシがおる。二人でこれからやればいい。あいつらはどうでもいい」と吐き捨てるように言うのです。

その時、永念さんは目に涙を一杯溜めておりました。私はこの一言で、頼もしく思い、救われたような気持になり、思わず私もむせび泣きしたことを思い出します。

他にもこの永念さんの思い出に、奥さんに先立たれた後、彼がよく説教の中で告白していたことがあります。「私は家内を失ってみて、初めて気付かされたことが幾つかあります。
それは、夜、仕事を終え帰宅して『只今!』と言っても『お帰り!』と返ってくる声が聞こえない。暗い家に帰った時、これは寂しいものですな。また、家内がいた時は、ちゃんと風呂が沸かしてあり、風呂から上がると、燗をした酒と、私の好きな煮付け物が用意してあり、そろそろ寝ようと思うと、部屋にはすでに布団が敷いてある。こんな面倒なことをくる日もくる日もしてくれておったのかと思うと、胸が詰まる思いでした。

本当に大切なものは、失ってみなきゃ分からんと云う事を、この年になって初めて知りました。今では、私は家内がやってくれていたことを全部せなならんことになって仕舞いました」と、薄笑いをして、しんみりと語っていたことを思い出します。

住職の口癖  コツコツとやってきたことを評価されると、うれしいもんやな。

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私は数年前、ひょんなことで小松市菊花協会の会長になってしまいました。私は菊に限らず、花のことは全くのど素人ですのに、協会では何故か、何も知らない者の方がよい、という滅茶苦茶な理由で私に決まったらしいのです。このことを友人に話すと、腰を抜かす者やら、ふき出す者やら、中には「住職もついに文化人になったな」と冷やかす者さえいました。

しかし、これがまた不思議なご縁になって、人との出会いができ、周りの環境まで変わりだしました。
円満菊

まず、私を会長にと熱心に推挙して下さったという今井栄作さん (81)との出会いがありました。この今井さんは「わしは、あんたら夫婦が好きやさかい」と言って下さって、ちょくちょく寺に来られるんですが、4月頃に私が「今井さん、境内がコンクリートばかりで殺風景で寂しいね。花でもあるといいのにね」と話をしたら、家で育てた鉢植えを次々と持って来られて、いつの間にか様々な草花を境内の建物の隅々に並べられたのです 。それが何と150鉢になってしまいました。驚きました。日々草やコスモス、朝顔、ダリヤなどの他に私の知らない花々で一杯になりました。

さらに今井さんが「住職さん、あんたに会長になってもらったお礼に、新種の菊の苗を作ろうと思うんだが、あんたにその菊の名前を付けてもらえんかね。丁度この寺の報恩講(10月中旬)時分には咲くようにしたいんじゃ」「分かりました。それじゃ、円満菊じゃどうですか」と言うと「そりゃ、いい名前じゃ」

そして、計画通り報恩講には、この円満菊が見事に咲き開き、きれいな小さい黄色の花々をつけ、とても愛くるしくて、多くの参詣の人々の目を和ませてくれました。
ところで、それまでの私はというと、じっくり花を眺めることなどなかったのではないかと思います。いつか女房が私に「お父さん、そのようにただ水をやってもいかんのよ。花の顔を見てる?この花は水を欲しがっているな、この花は疲れているようだなって花の顔を見てあげなあかんのよ」とたしなめられました。私も<成程、そうだな>と思い、それ以来、花の顔を見ながら水をやるようにしています。
万g区

本光寺の廊下の掲示板に「美しいものを 美しいと思える あなたの心が美しい」(相田みつを)と書かれてあって、私にも花を見て美しいと感じる心があることを、改めて有難く思いました。

住職の口癖  仕事に慣れて、余裕がでると、横柄に見られることがある。


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 いつ頃からでしょうか、家に不幸ができると反射的に何はともあれ、先ず葬儀社の人を頼るようになったのは。遺体搬送の依頼から始まり、葬儀の日取りの決定、湯かんの世話、役所に出す死亡届と火葬許可証の代行、遺族の会葬礼の文案作り、座敷での遺体の配置、僧侶への布施の金額の助言に至るまで、事前準備の段階から葬儀社が頼りです。ところが、このような葬儀社主導に対して、苦々しく思いながら何もできずにもどかしく思っている僧侶が、宗派を問わず比較的多いように思います。

そこで、私は先ず自ら葬儀社の人たちの仕事のことを充分知りたいと思いました。そのために、葬儀用祭壇を備えることにしました。当初、寺が祭壇を求めようとしたことで、地方紙の記事にも載り、その為全葬連から注文先の会社に横槍が入ったとかで、一旦は断られる始末。その上、小松の地元葬儀業者からも強い反発を受けました。
祭壇

それでも本光寺では平成2年から祭壇貸出制度を発足させ、幸い指定業者の協力も得られることになりました。この制度は生花部分を除いた本体部分が寺の所有で、それを利用者に無料で貸し出すというものです。利用者には式場への搬出から、組み立て、搬入するまでの手数料と、棺代、事務用品等の最低必要な消耗品費を指定業者に支払ってもらいます。これだけで合計15万円の費用になります。これに更に仕出し料理や香典返しや生花や霊柩車や供車等の費用が加わってきます。

寺の指定業者の話ですと、一件に付き業者持ちの祭壇を使うより、25万円程度は安くなるそうで、この12年間で700件の利用がありましたから、ざっと計算しますとなんと約1億7500万円分利用者が儲かったことになるのです。

私は祭壇を持ったことで、葬儀社の人たちの仕事も分かり、費用の内訳も知ることができました。しかし、今日のわが国の葬儀に掛かる費用が過剰経費になっており、どう見ても異常な感じがします。私はもっと質素であってもよいのではないかと思います。
祭壇2

寺に祭壇を備えた狙いは確かに葬儀費用の軽減にありますが、また今日の風潮でもある「亡くなられた人に対してではなく、世間の目を気にして葬式は華美になる」ことへの無言の諫言でもあるのです。

住職の口癖  自信がつけば、度胸もつく。

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もう数年前になりますが、寺の報恩講中に境内でコーヒー店を開いていた当時OLの山田みつ子さんを見付けたので、私は「みっちゃん、今日会社は?」と声を掛けると、「お休みしたの」と応えたので、私が「あらぁ、ダラや~」と言うと、彼女は愛嬌たっぷりに、大きな声で「ありがとう~」ですって。これは実に不可解な会話ではありませんか。そうでしょう、人からダラと言われれば誰でも腹が立つはずなのに、お礼を言われるとは。
ミッちゃん

私も以前、寺の塀を取り壊した時も、人からはダラ住職だと散々非難を浴びたものでした。一般に人に対してダラと言うのは、非常識者というけなし文句でしょう。それがダラと呼ばれた本人が反駁もせず、言い返さず、お礼を言うなんて。矢張り、変です。

さて、変と云えば、昨年の7月7日に十三間四方もある本堂の屋根をすっぽり布で被うという大イベントがありました。この突飛なことを思い付いたのは森秀一という変なお方で、彼の構想では3台の大型クレーン車を使い、サテンの生地(1m20cm幅×1200m長さ)を縫製し大きな布に仕立てたものを釣るしながら被せるという大袈裟な仕掛けでした。これを“本堂ラッピング・セレモニー”と称して大々的に公開して行われました。

本堂を被われたその布は、青く染め抜かれたその色が鮮やかに映え、然も日光の光に、夜間照明の光に光輝き、そして、屋根から垂らされた布が小風になびき、絶えず水が流れているが如く、まさに天の川のイメージそのものの趣きがあって、実に見事なものでした。
ラッピンブ

しかし、この話が初めて円満の会の総務会で森さんからデッサンを見せられた時は 、誰一人反対する者もなく、ただ皆は「オー、面白そうやな」と言うだけの反応でした。予め千思万考したところで思案投げ首になることが落ちですから、何れ無理なことと分れば直ぐ諦めればよいことなので、「思いついたら実行のみ、その意味付けは後から」という意気込みだけで、兎に角この変な企画でいくことになりました。

私も事前に人からよく「何故そのようなことをするのか」と問い詰められても「私にも分らん」と答えるのみで、失笑を買っておりました。でも、このように分らない過程のまま目前にこのセレモニーを見た時の感動は、今でも私の目に焼き付いています。

住職の口癖  人間ダラな方が、落ち着くな。


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数年前の夏の事、寺に珍客が訪れました。それは7月上旬のある日の夕方、玄関のインタフォンのチャイムが鳴り、女房がそれを受けて「はい、何ですか」応えると、男の声でいきなり「すみませんが、あの、今晩泊めてもらえませんか」と、弱々しい声が聞こえます。すると、女房は嫌な顔をして「また、変なのが来たぁ。お父さん出てま」。実は寺に金を無心する人がよく来るものですから、女房が嫌がるのもよく分ります。
odekake

そこで、私は玄関に出てみると、汚い身なりの若者が三人、無愛想な、否、疲れきったような表情で立っています。「こんにちは。あの、僕たち自転車で琵琶湖まで行った帰りなんですけど、今晩泊めて頂けませんか」と言うものですから、「君たち厚かましい人たちだね。一体何処へ帰るの」と聞くと、上越市へ帰る途中だと云うのです。彼らは上越教育大学の一年生で、この夏に上越市と琵琶湖の往復サイクリングの計画を立て、初めから金は持たず、野宿などの準備もしないことにしたそうです。自転車もそれ用の自転車ではなく、所謂ママチャリのようなもので、私も<まさか、これでね>と多少呆れてしまいました。
jitensa
この日で4泊目で、これまで、40軒訪ねても泊めてもらえる家がない日もあったとか。何とも無謀な話です。このようなことは若いからできるのでしょうね。結局、学生証を見せてもらい、その中の一人の親御さんの家に電話して身元も確かめて、泊めることにしました。

「じゃ、君たちを泊めてあげるけど、飯は要らないの」「いえ、あの、すみません、欲しいです。今日は、まだ全然…」「それじゃ、風呂はどうしてるの」「旅行中はまだ一度も…」「汚いな」と話をしていたら、女房が側に来て「ソレ、銭湯代あげるから、今すぐ行っておいで」と言って、彼らに金を渡しています。そして、いつの間にか飯を炊き、上の娘と二人で焼そばを作り始めました。いやはや、もうすでに母親気取りです。銭湯から帰って来た彼らは食卓を見て大喜びでした。読者もその時の彼らの様子は想像していただけるでしょう。
さよなら

翌日になって彼らを見送ろうと外に出ると、女房が一人の学生に紙袋を手渡しています。「ここにおにぎりが入っているから、お昼に皆で食べなさい」。ああ、何とだらなのでしょうか。
後日、彼らから礼状が届きましたが、矢張りそこには食べ物のお礼ばかりが書いてありました。

※ 礼状など、こちらで読むことができます。
住職の口癖  結婚は形じゃないよ。

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