責任の「なすりあい」の断捨離。 | やましたひでこオフィシャルブログ「断捨離」Powered by Ameba

責任の「なすりあい」の断捨離。

私たちは、犯人探しが大好きで。

私たちは、原因探しが大好きで。

 

とかく、片づけ問題にはそれが起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ESSE12月号   断捨離特集。

https://ameblo.jp/danshariblog/entry-12543022967.html

 

 

 

夫のせいで。

子供のせいで。

親のせいで。

 

夫は片づけてはくれないし。

子供は散らかすだけだし。

親は溜め込むばかりだし。

 

と、他者を意識する。

 

 

で、自分を意識すると、

 

片づけられないのは、

私の性格で。

 

捨てられないのは、

私の性分で。

 

と言いつつ、

 

それは、自分が育った生育環境のせいにしたりもする。

 

だって、親がタメコミアンだったから。

だって、片づいた家に住んだことがないから。

だって、片づいた部屋を知らないから。

 

と言ったふうに。

 

 

 

片づけの問題を、

 

他者のせいにしても、

自分のせいにしても、

環境のせいにしても、

 

そう、たしかに、誰かのせい、何かのせいではあるのだけれど。

 

どんなに犯人探しをしても、

どんなに原因探しをしても、

 

目の前の、

 

モノ溢れ、

モノ詰まり、

モノ塗れは、

 

解消しはしない。

 

なぜなら、

 

原因の分析・追求と、

問題の解決行動とは、

 

まったく別ものだから。

 

片づけは、まず片づけてから、

断捨離は、まず捨ててから、

 

そう、片づいたあとに、

そう、捨てたあとに、

 

そう、整った空間で、

じっくりと犯人探し、原因探しをすればいい。

 

そうすれば、きっと、無用で無益な責任の「なすりあい」は避けることができる。

 

だって、もう、問題は無くなっているのだから。

 

 

 

 

 

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