樂車道樂のお旅所巡礼
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もう日も夜もとつぷり暮れて
耳を覆うは波の音ばかり

あんなに溢れていた喧々騒々もしづかに途絶え

頬撫ぜる空気はぬるりとした液体だつた


遠くで船が啼く音
ごろりと横になる
アルミの缶の中身はまだ半分ばかり

一列にまだらな漁の灯


横では係留された船がぎいぎい悶えていた
錆びたボラードは知らん顔で繋いでいる
そびえるクレーンの台船がじゃぶじゃぶ鳴る

 

コトコトと漁の帰りの声
あたりを海鳥が一羽舞つていた


標識灯のオレンジが心地良い
今日はもうあしたになつただろうか

 

昔のことをひとつだけ思い出す
苦おしく幸せだつたのかもしれなかつた日々
買いたての真っ白なスケツチブツク
何を描けばわからなかつた

 

裂かれ
穿たれ
泥塗られ

いつのまにか
もう色づくところがなくなつていたスケツチブツク

 

ああ
夜がもう少ししか残つていない
炭酸の残つていない残りの半分をぐいと飲みほして


新しいスケツチブツクをまた買おう
描くことはまだ決めてゐなくでも

こんどは自分で描くんだ


あしたになつてしまつた昨日
すこしだけ眠らうか
きいこきいこと帰路に着く


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独自研究なので間違いがあるかもしれないが、
西日本で代表的な祭りの掛け声について書き記してみた。

■「エンヤ・エンヤジャ」


お木曳きのかけ声「エンヤ!(曳(エイ)じゃ!の転訛)」、
これに「~じゃ」が付いて→「エンヤジャ」。

■「チョウサ・チョウサジャ」


「チョウサ」は「頂載(チョウサイ(高くかかげる意味))」、
「チョウサ(ィ)」に「~じゃ」が付いて「チョウサジャ」。

→讃岐から宇摩東部では屋台の呼び名として「チョウサ」になる。

■「ヨイヤッサ・ヨイトサ」


「ヨイヤッサ」は「弥栄(イヤサカエ→イヤサカ(繁栄の意味))」、これに
→西日本で訛りの強い地域で勢いがついた転訛で
 「ョイヤッサジャ」→「ヨイヤッサ」、

→これが播州では「ヤッサ」として屋台の呼び名となり、

→そのほかの地域では独自の変化を見せる地方もあり
 「ヨイヤッサ」→「ヨイヨッサ」、さらにこれの転訛で
→「ヨイヨサ」→「ヨイトサ」→「ヨイトセ」に変化し
→後半部分が省略されて「ヨイヨイ」となった地域も存在する。



一方、北陸の一部地域、代表的な例として伏木祭りなどでは
 「イーヤーサー」に変化した。


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まだ2、3歳の幼児だった頃、
よく思っていたことがある。




「いまこうして目で見えている世界は実は全部作り物で」
「見えていない後ろ側に「本当の世界」があるんじゃないか?」
「ぼくはきっとだまされているんだ」

ときおり何度も、こう思い起こしては
すばやく後ろに振り向いて「本当の世界」を見ようとしていた。



「本当は自分以外ははじめから誰もいなくて」、
「まわりにいる大人たちや兄弟たちは」、
「作り物の世界の一部で本当は存在していない」、
「生まれてからずっと」、
「つくられた虚構の幻実に騙されているんだ」

このとき感じていた こうした違和感は
実は幼いがゆえの妄想などではなく、
かなりの年月を経たのちに

あれは
幼いがゆえに感じた世界の本当の姿を
ありのままに捉えたものであったと
ずいぶんと後になって知った。


この世のなにもかもは
すべてあらかじめ虚構である、
つまり
信仰者がいなくなれば神ははじめから存在しなくなるように
誰かが感じていなければ
世界などはじめから存在しないのだ。


いまや私は知っている


あらゆる感情や感覚、
色や重さ、
愛や怒りや痛み、希望や涙、
そして肉親であろうと他人であろうと
他者との関わりや繋がりの尺度すら
突き詰めればあられもなく数値化できてしまうということを。



それならば世界は?
今生きている「ここ」はどうなるのか?
すべての万象が数値化できてしまうのだとすれば
なぜ私はここにいて

そもそも私が見ている「これ」は一体なんだ?
誰かが「コギト エルゴ スム」と称したこれは誰のことだろう?

これは知ってはいけないことだったのかもしれない


この問いがゆえ
私はこの半生をずっと漂流していた、
ここに告白しよう


もう取り返しもつかないが


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小学生の頃の誕生祝いに
叔父が自分のカメラを買ってくれた。

形状と大きさは
当時「象が踏んでも壊れない」という触れ込みの
小学生なら誰でも持っていた「あの筆箱」、
あれとほぼ同じぐらい。

なぜかAM/FMラジオとの一体型。
当時は何でも一体型がブームだったのかもしれない。
フィルムのカートリッジも変わった形状だった、
リールが左右に分かれたメガネ型。
あれは今は売ってないのかな。

一般に言われるカメラとは似ても似つかなかったのだが
ボディの黒さだけが
カメラであることをかろうじて主張していた。
オペラグラスを覗くような感じで構えて、
ちょうど右手の中指のところのボタンでパチリ。

意外にも写りは鮮明で悪くなかった、
昭和の小学生が持つオモチャにしては本格的だったと思う。
出かける時にはどこにでも持っていった。
今ならケータイですぐ撮れる時代だが。

カメラにセットで付いていた12枚撮りの
最初のフィルムはすぐカラになった。
半分はまともに撮れておらず
現像代はやたら高かった。

このときフィルムを大事に使う必要があることが発覚した。
カメラのフィルムの中でも特殊な形状で、
近所のカメラ屋では12枚撮りのフィルムを売っていなかった、
仕方なく24枚撮りの奴を買う。
たしか1200円だったと思う
小学生の小遣いでは大出費だった。

当時は電池もマンガン電池しかない時代でこれも高かった。
ナショナルか東芝の奴で4本セットが当時300円以上していたと思う。

ラジオを聴いていたらいつのまにか電池が切れていて
フラッシュが光らなくて気が付いたことが何度もあった。
ただ明るいところであれば撮影だけはできたので
すぐに電池は抜いたままになった。

当時飼っていた猫にモデルになってもらったり
線路に入って汽車(電化は平成後)を撮って怒られたり
信号待ちの自動車を撮ったりして
そんなこんなで撮り方にもだいたい慣れてきた頃合いで
地元の祭りの季節になった。
小遣いをはたいてフィルムを買って
あちこちの屋台を追って夢中でパチパチ撮った。

ああ、
大半はブレていた。
何枚撮ったのかなどもう忘れたが、
撮ったはずの枚数のわりに
現像代がいやに「良心的」だったと思ったら
ほとんどが真っ黒か真っ白か激しいブレだったそうだ。

それでも十数枚がなんとかフレームに入った状態で
まあなんとか写真としての体裁を保って映っていた、
半分以上が手ブレやピンボケ、
立っている人が半分入っていたり
自分の指が入ったりしながら。

もしかするといまだに祭りを撮り続けたのは
あのときの記憶がリベンジをさせようとしたのかもしれない、

そうかもう30年も前なのか。

あんなにいっぱい撮ったはずのたくさんの写真、
どこに仕舞ってしまったんだろう。


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この世のほとんどの生き物は
細胞の集合体として構成されて生きている。
最小単位として個々の細胞には
実は寿命までプログラムされている。
「アポトーシス」という言葉を聞いた人もいるだろう、
つまり
細胞は一定の期間、状況が経過すると
生体としての活動を自発的に停止するのだ。
 

 

 
しかし彼らによって
つねに同様の新しい細胞が
以前より数を増やしてあらたに産み出され、
また同様のサイクルの果てに死んでいく、
それまでよりはるかに多くの細胞を残して。
 
ときおり
そうでない細胞たちもいる。
 

 

 
ひとたび発生すればずっと生き続け、
さらに同様の子孫たちを再生産しながら
周囲の細胞も彼らの同属となってまた増える。
ずっと死なないまま肥大しつづけるこれらを
私たちは「癌」と呼んでいるだろう。
 
どんなに健康な個体だろうと
 
彼らのように不死身となった癌細胞だろうと
生き物である以上は時間の経過につれて
かつての「元気さ」は衰え、古くなっていく。
つまり老いがゆえ
自力で代謝すらかなわなくなった生き物が
「ずっと生き続けようとする」というのは、
 

 


周囲の細胞の生命力を吸い上げて
みずからを永らえる糧として存命しつづけ、
そして生き物であるがゆえ
そのような自身のコピーをさらに再生産し
「永久増殖する吸血鬼」が誕生する、ということ。
 
そして皮肉にも
人類の医学が最終的な到達地点としている
「死の全否定」は
その最大の宿敵とされる癌細胞が
すでにその身をもって実現しているのだ。

 

 

 

 

先進国、とくに日本は
年老いた老人を物理的な限界を超越して
どのような手段を用いてでも
とにかく存命させることこそが美しいと
国民の誰もが例外なく信じている。
信仰といっていいだろう。
 

 

 
そうして
たった一人の存命にすら、
天文学的な労力と生産性と財産が
いずれ消える命に向けただ消費されていく。
だが
その対象となる「死なない者」の個体数はまもなく
その天文学的な数字になりつつあるのだ。
 

 


ここまでを読んで
ぜひ「人口ピラミッド」という言葉を調べてみるといい。
 

 

その左右に伸びる棒グラフを
時間的な想像力を少しだけ働かせて観察すれば
私たちが既に末期の癌細胞に
もはや隙間なく包囲されていることがわかるだろう。
 

 


ただし実際の癌と違うことがある、
誰もこの症状を治療しようとしないことだ。
「癌」には今やいくつかの治療法があり、
それを講じることが可能だが
 

 


われわれは誰一人として現在の自身の状況を
緊急に治療が必要な危機的な状態だと、
いやむしろ
そもそもこれが病であるとすら把握していないのだ。
それとも
もはやとうに末期の最終段階で
医者がカーテンごしに匙を投げた後なのか。
 

 

 

 

 

 

 

これは残酷な言い方になるが、
しかし語弊があろうと
そしてどんな誤解があろうとなかうと
これは誰かがはっきり言うべきだと思う。
つまり、
 
 
「成すべきを成し、残すべきを残した老人は
 惜しまれている今の内に去るべきだ」
 

 

 

 

 

役を終えた役者はさっさと舞台から消えてやれ。
脇には次の役者が待っているのだ。
主役を気取って舞台を乗っ取るつもりか、
舞台をまるごと台無しにする手筈だったなら別だが。

いやマジでこのままじゃ日本滅びるよ。 


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お祭りの時期に咲く花は
なにも金木犀だけではない、
酒臭い花やナマ臭い花だって咲くのだ。
しかしなによりこれが咲かないと祭りができない。
今回はそんな頭の痛くなる花について。


故郷の地元、西条の秋祭りは
昭和の50年代ごろから祭礼の屋台の台数、
つまり新規で屋台を奉納する町内が増えつづけ、
いまや実に80台前後もの規模、
調べてみると日本一の台数の屋台が
この地元の秋祭りのために奉納されている()。

※( Wikipedia : 西条祭り )
http://ja.wikipedia.org/wiki/西条祭り

まあ
そこまでは確かによかったのだ、
祭りが年々大規模になり、
盛大であるという一点においては
何ら問題はない



はずだった。 



だが氏子にとって
祭りの規模の大きさゆえに
毎年のことだけに頭の痛い問題がある。
 「お花」。
解説については以下に譲ることにする
※( Wikipedia : お花
祭礼の屋台が増えたということは、
つまり秋祭りのたびに
この「お花」を徴収する町内も
爆発的に増加したということで。

もう一度言うが
わが西条の現在の秋祭りで奉納される屋台は
いまや80数台にもおよび、
それはつまり
それと同数の町内が毎年の祭りのたびに
奉納に必要な費用を
酒、または現金で徴収に来る、ということでもある。

これは計算してみればわかると思うが、
地元の氏子は祭りのたびに毎年数万円~
付合いによっては十数万円以上のまとまった出費を
お花のために余儀なくされる、
ということになる。


まあたしかに
これは必ずしも強制のものではないので
バツが悪くとも断ってはいけなくはないのだが。
しかし
県や市からは助成も補助金も出ていない祭りである、
どこも氏子の自腹でやりくりして奉納しているので
自分だけ出さないわけにもいかない。
とくに年に一度の祭りを楽しみに生きる者にとっては
痛痒もいいとこなのだ。


とりわけこの全国的にだらだら続く不況、
近年などは特に財布の具合も芳しくない昨今。
しかも只でさえ全国比でも所得の低い地方である、
市税高くても市民が文句言っていないうちに
ぼちぼち毎年の各町内の屋台の蝋燭代ぐらいは
市が面倒見てもバチは当たらないのではと思う。


最後に野暮な詮索だが
最終的にあの「お花」はどこへ流れていくのか、
気になるところなのもまた人情。
毎年すごい金額が動いているはずなのだが
最後はどこへ消えているのかね。

せめて地元で回っていればいいのだが。



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「みずからをとある方向へと突き動かす動機」
これがゆえ人は生きようとする。


旧くは「そこに在る、ということになっている」
神なる存在と
それに庇護され続けようとするがため、

また卑近な例をあげれば
他者からの賞賛によって
はかない虚栄心を潤すがためであり、

またはいまだ見ぬ巨億の価値ある財物、
それらをいずれわが懐中におさめ
ありとあらゆる欲望を購買せしめる権利を得るため、

あるいは
おのが肉体の快楽を満足させるであろう誰かを
みずからの悦楽の糧として独占するため、

さもなくば
労せずして恒久の富を享受せしめるがために囚われる
いく人もの黄金の源泉たちをかき集める者。


そしてわずかな例として
みずからより窮するものを支えるべく、
欲や利益によらずただ与えつづける者。

いうまでもないが最後の者になることは困難だ。
彼はいつもあてもなく目前の他者にただ与え、
そして多くの場合、
その報酬はいつも容赦ない無制限な報復なのだ。

つまり聖書の古より何も変わってはいない、
与えるものはより求められ
求めるものは「もっとよこせ」と喚きたて、
せがんだ分だけ余計に与えられてきた。


永久に与え続けるほど、求める声はより大きくなる、
曰く
「あいつはひどいやつだ!
たったこれだけしかよこさないぞ!」
曰く
「こいつはもっと持ってるはずなんだ、
さっさともっと出せ!」

おおくの場合、
こうした罵声はやがて轟々たる非難となり
そして
「与える者」の末路はいつも決まっている。

無償にてただ懐中のものを分かち与えただけのつもりが
「彼にとっては」ただ不条理なばかりの憎しみを引き出し
しまいには身包みどころかその肉や皮、
いずれは命まで取られるはめになるのだ。


人間はもともと獣の延長上であれど

それを人ゆえの理性で克服し、
本来の意味で人たる行為を意識して生きる者など
人類が文明をもち
あまつさえ数千年経過したいまも少数派である、
いまだ全人類の数%にも満たないのだ。



天国と地獄がこの世に平行して存在するように
人と獣はそれぞれ人間のすがたをひとしく持って
いままさに私の、あなたの日常で
同じ世界で同じ場所で素知らぬ顔で生きている。

だが見分ける方法は簡単だ、

一方はいつも温厚で静かで多くを求めず
けっして他者の弱身や落ち度を非難しない。
もう一方は
いつも他者への罵声まじりの非難を誰にも聞こえるように
どこにいようと大きな声でただ喚くのだ


───いや、あれは吠えているのか、
おい、飼い主はどこだ



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───はじめはただ楽しかった。
     それが最初の記憶。
     誰もがそうだったように。



隆々と縫われた黄金の龍、
背丈よりもずっと大きかった分厚い車輪。
ドンと鳴れば胸ごと響いた太鼓。
早打ちで疾る高揚感。
あるいは荒彫りの鷹、
赤地に燦然と翻る高縫いの神紋、
聳えながら揺れ進む唄の声


それらが、
多くの人々の惜しみない労力と
途切れなく注がれ続けた祭りへの愛によって成立し
いくつもの世代と時代をまたいで
連綿と支えられ続けていたと知ったのは
それからずいぶん後のこと。

それぞれの町内のめいめいが
ひとつの同じ目的のために注力し
共同体として他人どうしだった互いを繋ぎあう。
そうして

おらが地元の結束を何度も固めなおし、
再確認するための重要なプロセスとして
日本において祭りは存続されてきたのだろう。


そもそも祭りがそうであるように、
他者との繋がりや関係がなければ
ヒトは日常をまっとうに生きることすらままならないのだ。
人々が日常生きるべき世界の縮図としても
祭りは機能しているのかもしれない。

そしてこれらすべては
「神様のはからい」であるがゆえ、
人々は祭りによって赤の他人と結束し、
たがいに守りあう共同体として日常を生きている。
そして

「神様のはからい」あるがゆえ
人々は祭りによって神様と同じ場所に立ち
互いに分かちがたい繋がりを固めあう。


日本人にとって「祭り」とは
人々に幸福と繁栄を維持させるため
神様によってあらかじめ計画されていた
強力な繁栄システムといっていい。
そもそも神様がいなければ
「祭り」をする必要など
はじめから存在しないのだ


ただの乱痴気騒ぎが
赤の他人との
結束や愛を生むだろうか?


私たちはすべて「神様の氏子」であるがゆえ、
祭りによってあらかじめ神様に繁栄を約束されているのだ。


祭りが楽しいわけだ。
その感覚まですべて
あらかじめ刷り込まれた神の計画なのだから。


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踊り場に立っている

途切れなくごうごうと吹く空
ときおり踏み抜けて奈落へ誘う踏み板
茶錆びた手摺りは
もう私の手を導く役目すら忘れていた

繰り返し荒れわたる雲
頼りなく細くなり続ける螺旋をただ登る
ときおり刺りくる礫片がずきずき痛む
もう耳は何も聞こえない
目蓋に棲みついてじゃりじゃりと鳴る破片

いつまでも狂った音ばかり
私の手はどこを触れているだろう
空気はいまでも私の吐息だろうか
体は泳いでいる、手探りの空
いっそ溺れていればいいのに

遠くで鉄の鳴く音
不意にぶつかる固さはひどい重さを連れていた
見えない目で捉えた火花
足はただ進むだけ
這っていたのかもしれない

ときどき降る雨は錆た味
どこも濡れていないのに
手のひらが滑ってなにも掴めないよ
カラコロ鳴っていたあれは何
ポロポロと崩れた手が触れたなにか

陽光がきまぐれに暖める
ぼんやり感じる明るさ
いつまでも続かない
安堵にわずかだけ体を止める
これが永劫なら肉をすべて差し出すのに

ああ
次の空がまた来るだろう
苛みながら縋りつく螺旋をまた登るのだ
空よ
次の轟雲をしたがえてまた来るといい
いずれ
なすすべもなく受け入れるのだから

そしてまた登るのだ
ねがわくば永劫の陽光をただ望みながら

テーマ:
仇(あだ)し
あだし荒波 寄せては返すよ




 寄せて返して
ヤンレ 
また寄せる


山で
山で切る木は 
数々あれどヨ
思い切る気は

ヤンレ 
まだ居まい

雪の
雪の新潟 
吹雪に暮れてヨ
吾子は寝たかよ

ヤンレ 
灯は消えぬ

彷徨う

彷徨う鹿島に 
神在るならばヨ
逢はせ給へや
ヤンレ 
いま一度



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