岐阜市の黒野城から北上し山県市へ進軍。

 

山県市へ来たのも、この城を攻めるのも、今年の大河ドラマがなかったらもっと先になってたかもしれない。美濃編が長かっただけにそれだけ印象深く、美濃地方は観光足軽も多く訪れてる感じですね。そのかわり他の地がはしょられるし短くなること必須特に楽しみにしている丹波編ビックリマーク

 

笑い泣き尺がたらなさすぎる~

 

 

岐阜県山県市大桑

美濃大桑城(おおがじょう)

 

濃尾平野の北の端に位置する岐阜県山県市にある古城山(標高407.5m、比高345m)の山頂一帯にある大桑城は室町時代から戦国時代にかけて200年にわたり美濃国を中心に勢力を誇った土岐氏によって本格的に整備される。

美濃守護・土岐頼芸は天文4年(1534)に起きた長良川の洪水により守護所を枝広館からこの城へ移したが、天文11年(1542)に斎藤道三によって追われます。朝倉氏や織田氏の仲介もあり、一度は美濃に戻った頼芸でしたが、天文16年(1547)に再び道三に攻められ、土岐氏の滅亡とともに廃城となる。

 

城跡へは麓から徒歩でも上がれますが(往復3時間)、まだ残暑激熱なこんな日に下から登ったら死んでしまうので(登ってる人もいたようなので死にはしない)、鉄馬車で中腹まで駒を進め、はじかみ林道登山口から登城いたします。大河ドラマ「駒がゆく」の効果もあってかご覧の如く登城口は真新しい幟や案内板で賑やかになっております。訪れる足軽達もけっこういましたね。

 

お読みなさい。

 

 

現地縄張図。 現在地(右端)の駐車場からけっこうな山道を進撃します。主郭部までは880m

 

 

見やすい地図もあり。この(前編)では「切井戸」を経由して「曲輪群」がある尾根筋まで行きとうございます。

 

 

いきなり坂道です。

 

 

想像してたより急斜面なので、先行き不安になるあせる

 

 

登り始めて間もなくちょっとした展望所があります。山ばっかしの岐阜市方面。左奥のとんがってる山が岐阜城であろうかと。画像を拡大すると頂上に天守のようなのが見えるのでたぶんそうです。手前の地面に敷物があるのは、パラグライダーの発進所になってるようです。

 

 

ほとんど斜面ですが帯曲輪です。

 

 

階段あり急斜面ありまあまあ歩きやすい道ありきな登城道を進む。急斜面すぎる道にはロープが張ってあり、それを頼りに登ります。

 

 

伝猿馬場 略してモンキーホースフィールドはてなマーク 猿が馬に乗ってたので名付けたのかもしれない。

 

 

主郭への道を反れて井戸を見に行く人だけの特典。恐怖の滑落したらキケンが危うい斜面の道。それに井戸の方へ来る足軽だれもいない。主郭へ直行してるようですね。

 

 

途中に石垣ビックリマークの看板あります。どちらかというと石積みですね。部分部分で土止め用に石を使用してる感じな城のようです。

 

 

むっちゃ急斜面を下りる。ロープにつかまらりながらでないととても下りられられないあせる

 

 

井戸を確認ビックリマーク

 

 

「金鶏」とは置物はてなマーク 生き物はてなマーク 確か信濃・大島城でも金鶏を抱いたお姫様が井戸に身投げして元日の朝にニワトリの鳴き声が聞こえるとかいう伝説がありましたな。どうやら金鶏は元日に鳴くようである。長生きしたい方は元日にここへ来てください。

 

うしろの看板には「足元に石垣あり」とある。

 

看板がなかったら確実に見逃す場所です。足元にありすぎて見えないので対面から。

 

 

しかしこの部分だけ組んだのか?この部分だけ残ったのかはてなマーク

 

 

井戸からは元の登城道に戻らずとも上に道が付けられてるっていうかロープが張られてるだけで道なき道が! これがまた激急斜面でほとんど直登デス! おーっ!こんなとこ登りとうないんや~ビックリマーク と言いつつ汗水垂らして登って行く。

 

バンバン汗かいてハアハア息を切らして心臓バコバコ鳴らしながらなんとか尾根道まで出てこれました。えーんぐるじい~ この右下から登ってきました。奥へ行けば主郭部、手前が番所(大手)方面へ。

 

「国盗り物語」の看板が倒れていた。かなり前の大河ドラマやね。その時のかな?原作は読んだけど、ドラマは見てないす。

 

尾根筋の北側に曲輪群

 

 

縄張図では10数個の曲輪がありそうですが、しんどすぎて曲輪群へ下りて行かず。

 

 

尾根筋を主郭部の方へは向わず、まずは反対方向の番所方面(大手側)を散策。

 

 

土塁横に付けられた道を番所方面(西南)へ。

 

 

 

(後編)へつづく。

 

 

 

 

20/09/20

 

 


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