独自で非常事態宣言出してる県もあるし。

 

企ててた予定も変更を余儀なくされ、今年の盆休みは憂鬱やな。

 

 

美濃攻めの続きです。

 

岐阜県可児市

美濃・今城(いまじょう)

 

晴天ビックリマークです。今城へ攻め入るには今公民館(今公民館横にバス停がある)が目印。後でも先でも今公民館駐車場を本陣に今城に突撃します。にゃ すんません

 

 

所々に幟が立てられて道標となる。

 

 

静かな住宅地を騒がずに通り城の入口へ。

 

 

今城の登城口。この入口を拝見しただけで城内の整備状態が想像できますね。

 

 

城主であった小池刑部家継の石碑。幟にもあったが「梅にうぐいす」は小池氏の家紋のようやね。なかなか美しいオシャレな紋だもん。にゃ すんません

小池氏はこの地方の土豪であり、織田信長が中濃を平定し森可成が金山城主となると、可成の家臣になったようです。

 

登城口にある古絵図。攻められる足軽は注意書きの事を守りましょう。

 

 

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パンフ搭載の絵図。ご覧の様な非常に小ぶりながら城マニアにとっては萌え処が凝縮された城デス。

 

実は大手門やないけど大手門の看板があります。標高160m比高20mのいちおう山城です。階段を上がればすぐ城域。

 

階段上がると正面にいきなり本丸切岸が威圧します。

 

 

右を見れば土塁。土塁の向うは民家。

 

 

階段あがった場所は既に三の丸になります。

 

 

崩れたということは現状ではないんですね。石組みとかしてたんでしょかはてなマーク しかし水は湛えられてます。

 

三の丸に枡形虎口

 

 

説明板。

 

 

枡形虎口の先。実はここが本当の大手口であって、この先には椎茸の栽培畑があると事後調査で判明。その為にここは通行止めになってんですね。勝手に入ると椎茸ドロボーと思われるので入らないように。

 

小池氏の墓と伝わる五輪塔。ここも縄があって近寄れない。

 

 

三の丸から上に行きます。

 

 

上がった所は空堀になっており土橋が掛けられ右が本丸、左が二ノ丸です。なんですが、上がった所が空堀で土橋にぶち当たるというのもちょっと疑問なので、後で縄張図を見直しましょう。

 

 

狭いが二の丸

 

 

空堀

 

 

二の丸北側の腰曲輪。凹って凸っている感じあります。

 

 

土橋を渡って本丸へ突入。

 

 

本丸から見る二の丸。

 

 

本丸。いうほど広くはないが右下が三の丸で切岸となり、反対側は土塁があります。キレイに整備されて有難し。

 

 

美濃・今城 撮ったど~ビックリマーク

 

 

本丸にある説明板。今城主・小池氏は前回に攻略した大森城・奥村氏らと同じく「本能寺の変」後に森長可に反旗を翻したんですね。それで鎮圧され帰農しちゃったようです。長可強し!

小牧・長久手では家康にやられちゃったけどショック!

ここでもういっぺん縄張図を見てみると、桝形虎口を通って井戸があった三の丸へ入り、五輪塔があった北側の腰曲輪を経由して二の丸北側の虎口から二の丸へ入るっていうのが本来の登城順路のようやね。土橋のある空堀へ上がった階段は近年整備されたんでっしゃろな。

 

本丸の土塁。

 

 

高いとこがスキなんです。土塁の上。

 

 

高いとこ(土塁)から見る本丸内。

 

 

高いとこから見る東側の眺望。下に見えるは腰曲輪。

 

 

本丸内にある空堀か?井戸の方へ落ちて行ってます。

 

 

本丸の奥に虎口あり。食違い虎口となっています。

 

 

虎口を外から。食違い度が分かり難いっすね。

 

 

本丸東側の腰曲輪。

 

 

食違い虎口から出て南門と記載されてる辺り。うすうすな感じで空堀となり土橋になってる。

 

 

段曲輪の様に見えるが、後世の畑跡かも。この城の感じからして整いすぎてる

 

 

古図に出丸って書かれてる方へ進みますが、これは土塁なのかどうか?

 

 

ここが出丸かどうか? ちょっと遺構的な感じは特にない。

 

 

小さき城なので長可の大群に攻められ抵抗する術もなく降参したのではなかろうか。城としては一通りの遺構が凝縮された楽しい城跡でした。やる気度が伝わる整備度も攻城兵には嬉しい限りのお勧めの城跡デス。

 

 

以上、今じゃなくても今城でしたビックリマーク

 

 

 

 

20/03/21

 

 


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