・驚愕スクープ第3弾 元側近幹部が衝撃告白! 麻原彰晃と愛妾33人 「性奉仕オウム大奥」の全貌(週刊ポスト 2000年3月10日号)

※「ダーキニー」という愛人部隊

上祐(史裕・最高幹部)体制による新生・オウムは早くも暗礁に乗り上げた、という感じがします。アーチャリーをはじめとする麻原ファミリーへの冷遇は、一般のサマナ(出家信者)にとっては受け入れがたく、このため、内部では上祐への反発が起きているようなのです。

このような事態はこれまで教団を知る者なら、十分予想できたことです。

これまで2度にわたって本誌にオウムの内幕を告白してきたX氏。かつてはオウムの古参幹部として、麻原彰晃(本名・松本智津夫)被告や故・村井秀夫最高幹部に重用され、数多くの秘密ワークに関わってきた人物である。そのため、95年3月の強制捜査開始後に逮捕、実刑判決を受け、刑期満了により出所した。

そのX氏が「予想通り」というのは、アーチャリーら麻原ファミリーの影響力を排除する形で発足させた新生・オウム(アレフ)の現状についての感想だ。

現在のオウムを実質的に率いる上祐幹部は、信者たちにアレフへの入会申込書の提出を義務付けると発表しているが、出家信者の半数近くが提出を拒否しているという。

上祐は新生・オウムを発足させるにあたり、麻原の長男・2男を教祖から外し、さらにはアーチャリーを守り切ることなく、結果的に警察に出頭させることになりました。

こうした上祐路線に一般サマナは不信を募らせているはずです。

一般信者にとっての教祖はあくまで麻原であり、その後継者は麻原の血を分けた家族でなければならないのです。

それだけに、麻原切り捨てを画策する上祐の現実路線には抵抗感が強いわけです。これが麻原のマインドコントロールの強さであり、怖さなのです。だからこそ、麻原は信者たちを自由に操り、教団内では好き放題もできたのです。

その象徴が女性信者に対する“性の支配”でした。麻原マインドコントロールの恐ろしさを理解してもらうためにも、今回は麻原は思いのままに操った「オウム大奥」の実態について明かしたいと思います。

教団には「ダーキニー」と呼ばれる女性たちがいました。本来は「天女」という意味なのですが、麻原と側近の幹部たちにとっては別の意味がありました。「麻原の愛人」を指したのです。

このダーキニーはホーリーネームの一部にもなっていて、ダーキニーの名がつく女性信者が、なんと25人もいたのです。

それだけではありません。ダーキニーとは別に、教団の大蔵大臣だった石井久子(受刑囚)や「スメーダ」というホーリーネームだった女性のように、麻原の子供を産んだ信者は、私が知っているだけで3人はいます。あるいは逮捕されているような古参幹部の女性信者たちとも麻原は肉体関係を持っていました。

富士総本部の第1サティアンと上九一色村の第2サティアン。私たち古参幹部は、ここを「大奥」と呼んでいました。麻原の愛人たちが暮らす専用住居だったからです。

この大奥で暮らさずとも、時折、ここに呼び出される女性信者もいました。麻原による「性のイニシエーション」に指名された女性です。そうした人数を含めれば、麻原の愛人は、私が知る範囲でも33人になるのです。



「写真コンテスト」で美女選抜

こういってX氏は上九一色村の第2サティアンの平面図を描き始めた。サティアンは4階建て。最上階が「大奥」だった。



そこには40畳大と20畳大の麻原被告の専用ルームの他、ダーキニーたちの個室もあった。20畳大ほどの控室が2、そして3畳大の個室が15ほど。さらには台所、5~6人はゆうに入れる大浴場も備え付けられていた。

大奥ですから建て前は男子禁制ですが、村井などは麻原の指示を仰ぐために頻繁に出入りしていましたし、私も何回か入っています。だから図画も描けるのですが、ダーキニーたちは入れ替わりがあるものの常に10人から15人がここで暮らしていました。

私も呆れたというか、頭が混乱してしまったのは、台所に20脚ほどの椅子が用意された大テーブルが備え付けられていたことです。ここで麻原はダーキニーたち全員を集めて一緒に食事をするのです。麻原のお手付きの女性同士が寄り集まって、どんな顔で食事をしていたのか……。私には想像もつきません。

しかし、麻原は悪びれた素振りすら見せたことはありません。麻原は日ごろから「自分は前生で800人の愛妾を抱えていた」と話しており、私たちは「さすが尊師」と感心したものです。ですから、それに比べれば、まだまだ及ぶところではないというのです。

前号でお話したように、「自分は徳川家光の生まれかわり」というのが、「徳川埋蔵金は自分のもの」という根拠であるように、大奥を持つ理由としても「自分は家光の生まれかわりだから」という理屈が使われるのです。

そもそも麻原は一夫一婦制度を否定していました。

「カルマの強い俗世間の人間は結婚して子孫を残すべきではない。しかし、功徳を積んだ最終解脱者は別である。次元の低い女性を高い次元に導いてやるためにも、たくさんの女性を相手にしなければならない。それが最終解脱者の義務だ」

というのです。これが「タントラのイニシエーション」、つまり麻原によるセックスのことだったのです。

いま考えると自分の好色をごまかすための屁理屈としかいえないのですが、麻原絶対のマインドコントロールに支配されていた私たち幹部は、麻原の主張を疑うことすらなく、大奥の存在を当然視していました。ただし、この第2サティアン、さらには富士総本部の第1サティアンが大奥と知っていたのは、私のような古参幹部だけであり、下部の出家信者の知るところではありません。

ですから、麻原の愛人集めには、麻原と秘密を共有できる存在として、私のような古参幹部が少なからず関わっています。具体的には「美人コンテスト」への関与です。

オウムの各支部では入信者の顔写真を撮影し、本部に送るようになっていました。それをチェックするのが村井などの幹部で、麻原好みの女性信者がいれば、やはり古参幹部だったKが現地に赴きます。彼は写真の腕前がプロ級で、あらためて女性信者の顔写真を撮り直し、それを麻原に提出するのです。

ちなみに麻原の好みのタイプは女優の秋吉久美子。一見するとポーッとした感じの美人が好きなのだそうです。さらに付け加えれば、丸顔、長い髪の女性がいいとも話していたこともありますが、石井久子などは丸顔でもないし、ポーッとした感じでもありません。ようするに若くて美人なら誰でもいいようでした。

愛人にはベンツと私服の特権

若いというのは10代ということです。実は麻原がこう話しているのを聞いたことがあるのです。

「仙道の教えには“房中術”というのがある。つまり、若い女からエネルギーをもらうことだ。あの毛沢東も若い女を常に傍らに置いていた。私も人類を救済するために、つねにエネルギーを満たしていなければならない。だから若い女性が必要なので。25歳以上はダメだぞ。逆にエネルギーを吸い取られてしまう」

ダーキニーに選んだ女性信者に対して麻原は、「最終解脱者のエネルギーを注入してやる」と説明していましたが、実は全くのデタラメ。若くて美人の女性とセックスがしたくて、いろいろな理屈をデッチ上げていただけなのです。

麻原の視力ですか?片方の目は何とか見えるんだと思いますよ。Kが撮影してきた写真を顔から20センチくらいの距離で凝視して、「よし、これでいこう」などと指示していたものです。しかし当時は麻原は目が見えないと信じていましたから、麻原が美人を選べるのは、彼に超能力がある証拠だと、幹部連中は思っていたのです。

そして、気に入った女性信者を実際に呼び出す。次は面接というわけです。面接は3人とか4人。多い時は10人近くのこともありました。1人ずつ近くに呼び寄せて、それこそ舐めるように顔を見詰めます。その姿はエロジジイそのものです。もっとも女性信者のほうは雲の上の尊師に近寄れたということでポーッとしていましたが。

この最終面接を経て、合格者を決める。側に控える村井に「あれがダーキニーだ」と指名するのです。

こうしてダーキニーに選ばれた中には、スメーダのような信者もいました。彼女は在家信者だったのですが、麻原のおめがねにかなってしまったため、半ば強引に説得される形で出家を急がされました。さすがに、在家信者を大奥に閉じ込めるわけにはいかなかったからです。

気になるのはダーキニーに選ばれた女性たちの反応だが、X氏はこう話す。

「例外もないわけではありませんが、99%は嬉々としています」

雲の上の尊師に選ばれた弟子という評価は、彼女たちの誇りであり、他の女性信者に対しては優越感さえ感じるようになるという。

麻原は彼女たちの優越感をくすぐるようなこともします。たとえば車。ダーキニーになると運転手付きのベンツのリムジンを使える特権を与えられるんです。信じられないかもしれませんが、私服も買ってもらえる。オウムの信者は教団の制服であるクルタかジャージ姿ですから、私服の着用許可は特別扱いの証明なのです。

それからメロン。麻原の好物はメロンとトンコツラーメン。どちらも生まれ故郷の熊本の名産品です。ダーキニーに選ばれると、このメロンの「お下げ渡し」があるのです。

そしてラーメン。ダーキニーたちのいる“大奥”、上九一色村の第2サティアンの1階にはラーメン工場があり、麻原に呼ばれない限り、ダーキニーたちは日常、ラーメン製造に携わっていました。これも彼女たちにとっては名誉な仕事と信じられていました。

麻原の命令で「スケパン」奉仕

そして麻原からの「呼び出し」、つまりは夜伽のことなのですが、その前にすることがある。これは村井から聞いたことで、どうも麻原はエッチな下着が好きらしいのです。

村井によれば、ダーキニーになると麻原から買い物を命じられる。それがエッチな下着なのです。東京にはダーキニーご用達のランジェリーショップまであったと聞いています。彼女たちはリムジンで東京に行き、麻原から指示された下着を買い集めるというのです。村井は顔を赤らめながら話してくれたことがあります。

「浴室の物干し場に下着が干してあったんだよ。それがな、相当に性欲をそそるようなスケベパンティなんだ」

そうした下着に身を包んで性の奉仕に備えるんでしょうね。

性奉仕の様子は具体的にはこうです。まず麻原から1階の詰め所で待機している秘書係のような女性に指名の電話が入る。そこからさらに指名されたダーキニーに電話が入り、麻原の部屋に向かうわけです。

麻原と一緒に風呂に入ることもあるようです。大浴場には大きなマットがあり、そこに麻原が寝そべり、ダーキニーが体を洗ってやるらしいのです。

麻原が風呂嫌い?嘘ですよ、それは。麻原と愛人のセックスは週に3回はあったようですが、そのたびに一緒に風呂に入っていると、村井は話していました。

ある日麻原が風呂に入ったきり戻ってこない。それで心配になった村井が覗いたところ、古参幹部の女性が麻原の体を洗っていたということもあったそうです。

もちろんセックスの状況まではわかりません。密室の行為ですから。でもいまになって考えると、ゾッとするような光景というほかありません。

X氏によれば、麻原と愛人の行為は40畳大の麻原の部屋で行われた。室内には麻原が愛用している大きなソファが部屋の片隅に置かれ、その前には煎餅布団のような薄いマットレスが敷かれていた。それ以外には電話機があるだけで、備品はなかったという。

実に殺風景な部屋です。それに、いまになって思い起こせば麻原の部屋の電気は消えたことがありません。煌々と明かりがともる、40畳のだだっ広い部屋の片隅のマットレスの植えに、エッチな下着に身を包んだダーキニーを組み敷く。なんと表現していいかわからないほど寒々とした光景ですよね。

そんなムードのかけらもない場所でセックスに応じる愛人の胸中を推し量ることはできませんが、少なくとも当時は、それで満足していたんでしょう。尊師からエネルギーをもらったということで。

その証拠が女性信者たちのヘアスタイルです。ほとんど全員が髪を長く伸ばしていました。麻原の好みを知っているからこそで、ダーキニーに選ばれたくなければ髪を短く切っていたはずです。女性信者たちの長い髪は、麻原のマインドコントロールの象徴ともいえます。

X氏はさらに、麻原の快楽への執着ぶり、愛人たちの麻原への異常とも思える傾倒の様子を語った。