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☆23週で生まれ、1週間でお空へ帰った長男haruが「カッコいいお兄ちゃん」になるレインボーベビーが令和4年9月に生まれました☆
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ここからは2人目、つまり弟takuの出産記録になります。
天使ママさんでお辛い方はスルーお願いします。
前回の記事がこちら
お昼には全開だった子宮口。
しかし、赤ちゃんが降りてこず、陣痛が進まない。
赤ちゃんが旋回異常を起こし降りれなくなっていたのに気が付いたのは、
午後4時ごろエコーを見てからだった。
「このまま向きが変わらず、お産が進まなければ帝王切開になる」
と言われ、
向きが変わることを祈りながら、2分間隔の陣痛にさらに耐えることに・・・
で、2時間後の午後6時。
再度のエコーで、どうにか赤ちゃんの向きが変わりそうとのこと。
(はっきり「変わった!」とは言われていない)
陣痛も12時間を超え、私もごはんが食べられず(陣痛と陣痛の間で吐き気が起こるため)
体力は落ちていく一方。
この、わずかに赤ちゃんの角度がましになった瞬間に、
陣痛促進剤を入れて陣痛に勢いをつけることになった。
陣痛促進剤は、実母や義母も使っているのだが、その使われ方が無理やり感があったので、陣痛促進剤は少し抵抗があった。
<実母>
私の出産の時、田舎の小さな産科で出産したが、
その島の小さな病院の先生が、
「出産が土日にかかりたくない」との理由で、
なんのお産の兆候も、医療の必要もない母に促進剤を打ってお産を速めた
<義母>
夫の兄の出産の際、
義兄は頭の大きな赤ちゃんだったらしく、
「40週までまっていては、骨盤を抜けれなくなる」との理由で、
37週から入院して促進剤を使用。
結果は、予定日から一週間前に経腟分娩。
私の場合は、さすがに医療の手助けが必要な状態だった。
夫に「出口は開いてるんだから、あと少し、お薬に頼ろう」と励まされ、
ドキドキしながら点滴がつながるのを見た。
すると、入れて5分もしないうちに、いきみ逃がしができなくなるほどの陣痛が始まった。
明らかに、股に何かはさまった状態。
まさか、もう赤ちゃんが出てきた!?
でも、破水してないよ!?
夫に
「何か出た!!!なんか出たからナースコール押して!!!」
と、慌てて訴えた。
来てくれた助産師さんがお股を見てくれると、
「羊膜が破れずに外に出て、羊水の一部が水風船みたいになって膣に挟まっている」
と言われた。
え!?
羊膜って破れずに外に出ることがあるの!?
実は、助産師さんに「もっと赤ちゃんが降りてきて陣痛が進めば、分娩室に行こう」と言われた時から、
「破水すればその勢いで赤ちゃんが下がって、陣痛が進む」と思っていた。
お空の息子haruが、
絨毛膜羊膜炎による炎症で22週と6日で破水してから、
2時間足らずで出てきた経験からそう思っていた。
なのに、
破水が起こらず、膜が出てしまった。
そんなの聞いてないよ~(ダチョウ倶楽部風)
しかも、
「赤ちゃんは降りてきていない。今、膜を人工的に割って羊水を出してしまうと、赤ちゃんが出てくるのに時間がかかって、危なくなる」
「自然な破水を待つが、もう少し赤ちゃんが降りて陣痛が短くなってから破水させよう」
とのことで、
膜がお股に挟まったまま、いきみ逃がしを続けなければならなかったのです
(余談)
この話を夫や両親、義両親ともよく話すのですが、
「お空のharuくんは、破水して自分が早産になったから、弟が早産にならないように羊膜を強くしてくれてたのかもね」
とみんなで思っています。
haru、弟を支えてくれてありがとう!