大好きなあなたへ。

 京都の私が暮らす周辺では、今、雨が降っています。雨音よりも雨に濡れた路面を車が走る音で、その雨を知るといった夜です。

 町の書店が減っている昨今、本屋といえば、大型モールなどの多店舗店の中に入っている店が馴染みという方も多いのではないでしょうか。ところで、私の暮らす部屋の近くに古書店があります。最寄りの本屋は古書店となります。その古書店前は、通勤時にも通る場所で、むしろ、見ないふりで通りすぎることがほとんどです。なぜなら、覗いてしまったら、お店に入ってしまったら、きっと欲しい本がみつかりそうだからです。まだ、購入して読めてない本もあるのに、きっと出会ってしまうそんな予感です。

 それでも、例えば休日、例えば給料後など、「今日はいいか」と自分に言い聞かせて、入ってしまう。その古書店はどちらかというと、小綺麗というよりは雑然としていて、本棚に並べられている本以外にも、これから整理する予定と思われる本が、未整理状態で横向にあちらこちらに置かれていたりもします。それはそれで宝探しの気分です。

 私は、たまにインターネットで本を探したり購入することもあります。そうすると、履歴から関連書を勧めてくれることもあります。便利といえば便利ですし、「そう、簡単じゃないのよ私」と言いたくもなります。

 古書店は、そんなインターネットとは真逆の世界。まずは、ほとんど知らない本ばかり。絶版になっている本も多そうです。そして、まず、本を手に取って、ページをめくってみないとわからない。また、自分でも意外と思うような本に触手が動いたりもします。今回、気になった二冊は、たまたまですが、どちらも子どもでも読めるようにと漢字には、総ルビがふられているもの。それがまたいい。大人が子どもに向けて、ある分野のことを知ってほしいと内容はわかりやすく、でも、決して手を抜いておらず、むしろ届けたいという情熱が感じられるような、そんな本なのです。そう、こういう出会いは、やはりインターネットでは無理です。手に取った本から、内容以外にも、装丁、重さ、大きさ、古さ、状態、価格など様々なものを、自分の感受性で受け止めて初めて、その本を欲するかどうかの結論を出すものだからです。ああ、また、本を増やしてしまいました。それでも、いい出会いをしたと思うのです。ただ、この頃は、寝る前に本を読もうと枕元に用意するものの、一瞬で寝てしまうことも度々、なかなか読み進められません。それでも、次に読む本があるというのは、未来への楽しみが残されているということ。「いいこと、いいこと」と独り合点する私です。