日曜日の小言

テーマ:
サッカー選手をしていると記事にイラっとすることは少なくありません。「どこ見てるんだ」「何も分かってない」。意図した内容ではない意味で伝わった言葉もいくつもありました。  

そういうとき、私は自分の中でルールを作っていました。「決して表には発信しない」。つまり、まずはクラブの広報を通じて私の意見を伝え、そして次にお会いしたときに直接話をして、そこで全てリセット。その後はまた何もなかったように話をしてきました。

時代は変わってきました。SNSで選手たちが発信をすることはもはや当たり前。様々な発信の形をもつ選手も増えてきました。
 
言葉が一人歩きしていくことは決していいことではありません。ただ、サッカーが語りづらくならなければいいなと思っています。

サッカー選手や選手あがりにしか分からないことは結構あります。サッカーを分かっているように見えても、やっぱりそこは選手にしか分からないんだなと思うことは、正直に言って多々あります。

しかし、「サッカーが文化になる」としたら、一気飛びで今のヨーロッパに辿り着けるわけではなく、やっぱりサッカーにライトな方たちやサッカーを勉強し始めたけどまだ見当違いな方たちも「あーでもない、こーでもない」と語れるような空気感って必要だと思うのです。

確かに、一つ一つは選手や解説者の言うことが正しいことはよく分かります。正論というやつでしょう。

ただ、正しいことだけを万人に求めていたら、とても窮屈な業界になります。あるいは、周りからそう受け取られます。

と、いう話も、私のただの私見に過ぎません。私の記者の方に対するスタンスを誰かに求めるものでもありません。

ただ、何か強く語れば「批判」と言われ、それではと当たり障りない言葉ばかり並べると「忖度」と言われる。

それを分かった上で、プロとして出した記事ならば(ここ大事!)、認めてあげたいなと、個人的には思うのです。

それらのほとんどが悪気ではなく、サッカーへの愛で作られてることの方が多いと信じているから。