アメリカ社会を50年後退させた連邦最高裁の決断──銃規制法と人工中絶 | 社会と個人 どうむきあうの

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田村明子 

ノンフィクションライター、翻訳家
2022年06月28日


  
 5月24日に生徒19人と教師2人の死者を出したテキサス州の小学校銃乱射事件がきっかけとなり、そのおよそ1か月後の6月25日、アメリカで28年ぶりの銃規制強化法が成立した。

 アメリカ社会にとって、銃所持の規制強化は何度も蒸し返されてきた課題である。

2016年、コネチカット州サンディフックで20人の小学生と6人の大人が殺害された2012年の乱射事件について言及したオバマ大統領は、国民の前で涙を流しながら銃規制の強化を訴えた。だがNRA(全米ライフル協会)のロビー活動と共和党議員に阻まれ、ついに銃規制の強化を実現させることはできなかった。

 その意味では今回の強化法成立は大きな意味がある。だがその実質的な内容は微々たるものである。

「21歳未満の銃購入希望者の身元確認、精神状態などの事前チェック」の厳格化と、これまで銃の購入が禁止されていた「妻と家族」への虐待犯罪歴の中に「恋人」「デートの相手」も含まれることになったが、「強化」に関する主要な内容はこれだけだ。

まだほとんどの州では、運転免許をとるよりもはるかに簡単に銃が手に入るのが現状なのである。


全米ライフル協会(NRA)の大会の会場前で、米テキサス州ユバルディで起きた銃乱射事件の被害者の名前を掲げるなどして抗議する人たち=2022年5月27日、テキサス州ヒューストン
 

 党を超えての合意を優先したために、バイデン大統領が当初求めていた殺傷力の高い銃の一般販売禁止、購入可能な年齢引き上げなどの事項は、この法案に盛り込まれなかった。それでもNRAと一部の共和党議員は今回の強化法案に、「アメリカ国民の基本的権利が脅威にさらされる」と抗議の声を上げている。

 だがこの法案に大統領が署名した直前の6月23日から24日にかけて、今後のアメリカ社会にもっと大きな影響を与える連邦最高裁の判決が出た。

 

銃を携帯してタイムズスクエアを闊歩する時代に?
 

銃撃事件があった米テキサス州ユバルディの小学校前には、夜になっても多くの捜査関係者が立っていた=2022年5月24日

 その一つ目はやはり銃規制。筆者も住むニューヨーク州の銃規制についてである。

 もともと治安に関しては決して褒められたものではないニューヨークだが、これまで銃による無差別乱射殺人事件が少なかったのは、全米の中でも厳しい銃規制が設置されていたためだ。

 1913年にニューヨーク州では拳銃の携帯には「適切な理由」が必要だと規定され、テキサスなど保守派の強い州のように一般人が自家用車のダッシュボードに「護身用」拳銃を無造作に入れておくようなことは、法律で禁じられている。

 だが銃携帯の許可申請を退けられた銃所持者、銃の所有権利の擁護団体がニューヨーク州当局を訴え、6月23日に連邦最高裁は州法の規制が「過剰」であるとの判決を下した。米国政府がようやく銃規制強化に向けて少しずつ動き出した流れを察知し、それを阻止するかのような判決だった。

 ニューヨーク州知事も、ニューヨーク市長も、全力を尽くしてこの規制緩和を阻止しようとするだろうが、連邦最高裁の決定に抗うのは難しい。

そう遠くない将来、一般市民や観光客が銃を携帯してタイムズスクエアを闊歩するという、西部劇のような光景が現実になる日が来るのだろうか。

パンデミック以降の治安の悪化により、違法に持ち込まれた銃を使ったギャングメンバー同士の打ち合い事件が多発している。そこでさらに一般市民の銃の携帯が普及したなら、これからのニューヨーク市の治安は一体どうなっていくのだろうか。

 

半分の州で人工中絶が事実上違法に
 

中絶の権利を認めた過去の判決を覆した米連邦最高裁の判断を受け、口論になる中絶容認派の市民(右手前)と反対派の集団=2022年6月24日午前、米ワシントン

 6月24日には、全米をさらに震撼させた連邦最高裁の判決が出た。

ミシシッピ州の妊娠15週以上の人工中絶を禁じる州法は「違憲ではない」という、50年前の1973年に出た「ロー対ウェイド」判決を覆す判決である。

 現在すでに、ケンタッキー、ルイジアナ、サウスダコタの3州では母体に危険があるケースを除き、人工中絶を行った医療関係者は刑事犯罪の処罰対象とされている。

今回の最高裁の判決により、人工中絶が合法か違法かは「各州が好きに決定して良い」と正式に承認されたことになる。これによって近いうちに全米50州のうちのおよそ半分、26州が人工中絶に厳しい規制をかけ、事実上違法にしていくと見込まれている。

 中絶の選択の権利を主張する人々は、決して安易な堕胎行為を推進しているのではない。違法にすることによる弊害があまりにも大きすぎる、と懸念しているのだ。

 たとえば違法になった26州では、性犯罪の犠牲者でも犯人の子供を出産することが強制される。13歳の少女が近親者などによって暴行を受けて妊娠した場合でも、(そして悲しいことに、このような性犯罪は米国では少なくない)人工中絶を受けたら本人はもちろん、それを施した医師も刑事犯として処罰される。性犯罪者よりも、重い罰を受けるのである。

 胎児が明らかに重度の障害を持っているとわかり、産むことを断念した女性、経済的に、タイミング的にどうしても産んで育てることができない女性たちも、他の州に行かない限り出産するしか選択はない。

 さらに懸念されているのは、異常妊娠などで緊急対応が必要な場合だ。

早急に処置を施さなくてはならない場合でも、「母体に危険があった」と完全に証明できなければ胎児を処理した医師たちは刑務所行きになるリスクを背負うことになる。どれほどの医師が、好んでそのような治療を引き受けるのだろうか。

 

次のターゲットは避妊具使用、同性婚か

保守派の判事が3分の2を占めるアメリカ連邦最高裁=Steve Heap/Shutterstock.com
 

 この二つの最高裁の判決は、2020年9月に、リベラル派だったルース・ベイダー・ギンズバーグ連邦最高裁判事が亡くなった時に、予想されていたことだった。

 ギンズバーグ判事は1993年にビル・クリントン大統領によって指名され、人種、性差別の撤回などアメリカの人権問題に大きな役割を果たしてきた。

その彼女がすい臓がんで亡くなる直前、2か月後に控えた大統領選が終わるまで、自分の後任は選ばないで欲しいという遺言を残していた。

 連邦最高裁判事は、空席が出た時点で現役の大統領が指名し、議会で承認されたら本人の希望で退任するか犯罪を起こして弾劾されない限り、終身制となる。これまで大統領選がある年に空席ができた場合は、選挙が終わってから勝利した新大統領が指名をするというのが慣習だった。

 だが2か月後に選挙を控えたトランプ大統領は、ギンズバーグ死去のわずか8日後に保守派でカトリック系カルト集団の幹部を務めたこともあるエイミー・バレットを指名。党派を超えて6000人以上の法律関係者が反対の抗議書に署名するという異常事態にもかかわらず、上院議会で多数派を占める共和党上院議員たちは、驚くばかりのスピードでバレット氏の承認を可決した。

 こうして現在9人の最高裁判事のうち6人が保守派となった。保守派の長老格であるクラレンス・トーマス判事は、「今後は避妊具の使用の可否、そして同性婚に関しても見直すべきだ」と発言し、リベラル派の国民たちを恐怖に陥れている(実際に60年代まで夫婦間の避妊具使用を禁止している州もあった)。

 筆者は渡米した1977年に同級生たちと『真夜中の向う側』(シドニー・シェルダン原作)という映画を見に行ったことがある。

その主人公の女性が望まぬ妊娠をし、針金のハンガーを手にして自分で堕胎するシーンがあった。画面は悲鳴と赤い血が映っただけだったが、筆者は脳貧血を起こし、座席に座ったまま失神したというトラウマ体験がある。

1973年に連邦最高裁が「ロー対ウェイド」判決を出すまでは、アメリカのほとんどの州では人工中絶は違法であり、針金のハンガーはその忌まわしい時代の象徴だったという。

 中絶を違法にしても、堕胎を望む女性はいなくならない。

安全な医療処置へのアクセスが難しくなるだけである。幸いなことに最高裁の判決が出た直後、リベラル派の州や企業などが、違法になる州に住む女性たちに人工中絶が必要になった場合の援助プログラムなどを次々と発表している。州間の移動も容易になった現代社会で、すっかり50年前の状況に戻ってしまうことはないだろう。

 だが極度に保守化した現在の連邦最高裁の次のターゲットはどこに行くのか。

さらに分裂の激しくなる一方のアメリカ社会の行き着くところはどこなのだろうか。この連邦最高裁の判決が、11月の中間選挙にどのような影響を与えることになるのか注目したい。