清宮海斗の責任、拳王の覚悟 | DaIARY of A MADMAN

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毎日、ROCKを聴きながらプロレスと格闘技のことばかり考えています。

もうどれくらいになるのか。

 
鈴木軍が撤退してからだから、約3年?
 
NOAH(プロレスリング・ノア)はG+で見るくらいで、生観戦からは足が遠のいてしまった。
 
その間、清宮海斗という有望な王者が誕生したことはもちろん知っているが、なかなか会場に行けずにいる。
 
そんな中に起きてしまったアクシデント。一部では「プロレス的な仕掛け」と見る向きもあるようだが、ちょっと違うような気がする。(むしろ、「仕掛け」の方が嬉しいくらいだ)
 
これははっきり言って取り上げるのが難しい。怪我した箇所も箇所だし、正直、リングの上で起きたことを、素人であるファンが是非を語っていいものだろうかという気持ちもある。
 
まして、何カットかの写真(動画ではない)だけで、迂闊なことを言うのは、選手の行動の幅を狭めることにもなりかねない。
 
今の時代、我々ファンが考える以上に、選手それぞれで程度の差はあろうが、実はネットの声を拾っている。
 
それが“自主規制” もしくは団体による“締め付け” に繋がってしまって、困るのは誰か? 
 
 
一昨年くらいから、当時新日本プロレスを主戦場としていたケニー・オメガのスタイルが一部で「危険ではないか」と言われ始め、新日本の“エース” 棚橋弘至がそれを指摘。
 
軽い論争を経て、2019年の1・4東京ドームまで「イデオロギー闘争」を繰り広げた。
 
 
かつて、全日本プロレス、いや1990年代のマット界に「四天王プロレス」という、究極のスタイルがあった。
 
当時のファンはその激しい攻防に熱狂したものだが、その代償は小さいものではなかったはず。(選手の身体的ダメージ、という面で)
 
 
だからこそ、棚橋は「危険な技を使わなくてもファンを惹きつけられる」という信念のもと、様々な改革を行ってきたし、ケニーのスタイルにも断固として「異」を唱えた。
 
今の新日本プロレスを指して、「刺激が足りない」という声が少なからずあるのはそういう意味でもあり、それでもなお抜群のクオリティで一部の過激派ファンを黙らせている。
 
 
そこに起きたのが、今回のアクシデントだ。
 
拳王が信念を持ち、トップロープからのダイビング・フットスタンプを使っているのならば、たとえどんなシチュエーションでも「受け切る」のがプロレスラーの役目だと思う。
 
まして清宮はチャンピオンなのだから、それが、不意打ちだろうと、全てを想定しておかなければいけないという言い方も成り立つ。
 
しかし、それでもなお、今回のフットスタンプはあまりにも危険「過ぎる」気がしないでもない。
 
 
もう20年以上前になる。
当時、WWF(現WWE)で売り出し中の“ストーンコールド” スティーヴ・オースチンは、故オーエン・ハートのツームストン・パイルドライバーを喰らい、首(頸椎)を負傷した。
 
オースチンの自伝で「あれは故意かアクシデントかは分からないが、受け身の取れない危険な角度から落とされたものだ」と語っており、その後大ブレイクしたものの、40代前半でリタイアせざるを得なかったのはその時の古傷が原因だ。
 
日本でも“黒のカリスマ” として一時代を築いた蝶野正洋は、選手会に反乱した当時の越中詩郎との清算マッチ(札幌)で急角度のドラゴン・スープレックスホールドを受け損ない、首(頸椎)を負傷した。
 
同期の「闘魂三銃士」、武藤敬司と橋本真也にタイトル戦線での実績に遅れを取ったのは、その傷が原因だとも言われている。(タイトルを超えた“価値観” で一世を風靡したが)
 
 
頸椎の怪我はそれほど「選手生命」を(もちろん、実際の生命さえ)脅かす、危険なものだという認識はしておいた方がいい。まだ若いから、と騙し騙しいったところで、必ず何処かでパンクするのだ。
 
当然、拳王はそういった批判も覚悟の上だろう。
 
清宮も、同様に11・2両国国技館を欠場する気はないはずだ。
 
しかし、一歩対応を間違えると、清宮海斗という日本マット界の宝を失うことにも成りかねないことも考えておいた方がいい。
 
これが正真正銘のアクシデントならば、両国は休ませるべきだ。
いま無理して選手生命を縮めてもいいことはない。
 
そして、ネットでは様々な意見が出ている。
 
言うのは自由。
だが、軽々しく「責任」という言葉を使うのは控えた方がいいと思う。

ここぞとばかりに野次馬精神で使っていい言葉ではない。

 

「プロレスラー」はどんな選手でも、責任と覚悟を背負ってリングに上がっているのだ。

 

 




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