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楽しみ生きる努力

社会復帰を目指し

浦島太郎がごとき10数年の閉じこもり別世界から 人間社会にい出てみた

3年くらい働くということもしてみた 普通に人間がこの世界で生きていくためにはどうしたらいいのか

考え行動してみた

 

自分としては決死の覚悟で閉じこもり生活からおさらばしようと生まれて初めての努力をした

 

挫折しては失敗しては落ち込み乗り越えがんばってはみた

 

が それはせいぜい0から100くらいの努力であった 

 

わかったことはこれから1万以上努力してがんばっていかねばならぬということ

それくらい自分がこの世界で生きていくには足りないものがあり

現実の厳しさ めんどうくささ 努力が全く全然足りないという結論に達した

それは途方もないことであり 精も根も尽き果てている元々気力もない自分には不可能である

 

 

社会復帰をこころむにあたり 働くということと 人とのコミュニケーション人との話し方 人との関わりをこころみた

 

 

数百人以上の人たちと話しまくって大勢の人と関わってみた

コミュニケーション人との関わりということも何のことはない簡単にできることだとなった

が ここ1,2年、人と関わるのはどんどんつらくなっていった 元来人と関わるのが無理がくるたちなのだろう

 

 

5年前一人でいるのがどうしても寂しくてたまらなくなり 人との関わりを求め社会復帰をこころみた

 

 

大勢の人を知り 人を無闇に恐がり嫌悪することも なくなった

だが 人と関わることすら自分には無理がきていた 

 

人との関わりも ただ人に甘えたかっただけである

 

人と関わっていても甘えることしか求められないのであるから満たされることもありえず

人と関わり 自己と他者を比し できもしない事を自分に課そうとし 自己を無駄な焦燥の身に置くことしかできぬ

 

原点の一人閉じこもること他者と関わらないこと

 

ひとり存在することを課さねばならん

社会復帰をこころみていた自分は無理がきていて不自然であった

閉じこもっているのが自然であると感ずる

孤独に耐えねばならんしそれはずっと得意なところであった

 

水谷先生に言われたことや 去年の県精神福祉のひきこもりについての講演会での話

 

支援者から10年ひきこもっていた人は回復に10年かかるといわれたという話

社会復帰を目指して働き始めても続けていくのが難しくホームレスにまでなってもどうすることもできなかった人の話 ひきこもりカレンダーという本を書いた経験者の飲まず食わず働かずというブログの人、社会復帰を自分はできないとあきらめる人 認めたくなかったが認めざるをえんし共感せざるをえん

 

ひきこもりでもがんばればなんとかなる 重症のひきこもりであった自分でもなんとかなったと胸を張りたいがために踏ん張っていかねばならんとおもってきたが また閉じこもることになるのは時間の問題であったと実感する 自分で諦めてるだけしようとしないだけと友人らには昔から言われてきたが そんな問題ではないのだよ・・・自分の人生自分で何とかするしかない そんなことは当たり前だけどしたくてもできん者もいるんだよ おれもあんたらみたいに普通に学校行き続け働き続けられる人間になりたかったしいつかできるようになるとおもいたかったよ

 

 

おれになにかをしないといけない させようとするやからには

 

くたばれ きえろ といわざるをえない

おれはあんたたちとはちがうんだよ

せめてくるものから唯一の存在場を死守するため鍛えねばならん

登校拒否ひきこもりなどを甘えなまけとせめるものはなぐりかえさねばいかん

身内身近でひきこもりで迷惑だからどうにかしたいと悩んでいる人間にはほっとけば死滅するからそっとしといてやれという

 

 

この世界社会と闘い 不甲斐ない自分と闘う

 

 

ことをやめ 白旗敗北宣言することは実に気分がいい

ひきこもっている人らには

外に出れば社会復帰していけば

誰か助けてくれる人たちがいるかもしれないと

助けを求めて社会復帰を目指しがんばっても

助けはない

自分一人強くがんばって生きていく覚悟があるなら外に出ていけばいい

助けを求めても希望はない

おもいのほか優しい人たちは結構いるのだが

他人の人生に介入する多大な労力を費やせる人はいない

他人も自分の人生の事だけで大変で他人の事にかまってられるほど余裕などない

せいぜい時間がある時少し話ができるくらいである

 

前に限界がき仕事を辞め 結局1年半何もできずにきた

 

こうせねばならないああしなければならない

早く仕事を探して働き始めねばならない

他人にほんとはもっとがんばらんとあかんとわかってるんです

がんばらろうとしとりますと口だけでゆうてきただけ

そう思い続けてはいたものの できんかった

もういままでの5年前外に出始めてからの行動で

精も根も尽きておったんじゃな

元来気力の足りない質なのじゃな子供の頃から

普通の人達とは数十分の1くらいの努力がんばりしかできんかったじゃが

自分の精一杯でござった 結果何年もできなかったのでこれが自分である

自分と闘うこととの敗北宣言である 

閉じこもらざるをえません

 

なまじ社会復帰をしたがために

 

昔の閉じこもっていた時のように

努力をしたことがないから もしかしたらがんばりゃなんとかなるかもしれんという

夢希望も行動経験したがために無理だと消え去り

自我欲がよくないとわかりはしたものの

何も欲するものもなく希望もなく目指すものもない

どうしたらいいのかもわからぬいかんともしがたい状況に陥るのみであった

昔のままか細い希望にすがるのをやめ昔のまま何も行動せぬ方がよかったかもしれぬ

 

プラス思考前向きな事 自分に言い聞かせよう言い聞かせようそう想おう思おうとしていただけの

 

錯覚のプラス思考錯覚の前向きさ

大勢の人達と知り合ったがw 寂しいものであった

外に出てからも 昔の閉じこもっていた時と変わらずずっと寂しいものであった

コミュニケーション能力w 何の意味もない

何の疑問も持たずマイナス思考に陥らず働き続けられる力があればいいだけ

わたしにはない

自分は無能であると 卑下でも自己嫌悪もなく言う

気分がいい 人と話すのはめんどくさいだけだから

ブログはとてもストレス解消になる さようなら

 

 

親家族には 自分は働くことは無理です もういいかげんにしろ我慢できんというならば

 

 

しねとおっしゃってください それは望む所なのでいいかげん自分も飽いてしもうたのでいつでも我慢できなくなったらいうてくだされ

わしは人生に満足しておりますし感謝しております ありがとうございます

といっておいた

 

外に出かけて人と会い話すということも

 

わしは他人に甘えたいだけ 甘えたいだけで誠実になろうとし威勢のいいことをいうだけ

もう甘えたいだけでうろつきあるくのはつまらぬし虚しいだけじゃ

他人に甘えたくならなくなるまで一人で居ることにする

ちゃんとしろというのが世間の常識であり

自分もちゃんとせねばならぬと言い聞かせるがうごかじ

他人と会うのは拷問である 昔からそうじゃがもう耐えれん

 

前は反、否定的ひきこもり期間であったが 

 

肯定的閉じこもり期間が当然として到来したようじゃ

もう無理をしても続かん反動がくる

前向きプラス思考じゃとしても自己に嘘を突きつづけても

しようがない 本当にしようがない わしはもうあかんのじゃ ダウンしたいんじゃ 誤魔化し見んようにしてきたが世間の常識じゃなく自分の現実をみんとどうしようもないわい

この世界この社会にギブアップです

働く事以外の事だけします

 

坂の上の雲が面白い その当時の出来事が薀蓄薀蓄だらけ

 

明治の日本を取り巻く状況が全く知らないことばかりだから面白い

アメリカ、日教組の政略か 昭和初期太平洋戦争の事を何にも知らない

当時の日本はどうだったのか?軍幹部はどうだったのか?

軍人はどうだったのか?政治家は?庶民は?一体何だったのだ戦争は?

ただ悪かったとしか知らない 何で?世界情勢は?陸軍海軍誰がくそ野郎だったのか?その時代の流れ状況風潮

朝鮮中国アジアの人達はどうだったのか?

日露戦争の事は創作も入っているだろうが坂の上の雲で記録を元にした戦争の凄まじさは伝わってくる

その後の日本史世界史が詳しく知りたい

司馬遼太郎は第二次大戦の日本軍幹部、特に陸軍を絶対許さないと憎んでおるようだ