ひきこもり状態であった時、親家族には事あるごとに 子どもの頃は早く学校に行け
早く仕事を探せ なまけもの
いつまでそうしてるつもりや いいかげんにしろ 出て行け と言われてきた
親は客観的に見ていい人間でした
でも話をしっかり聴いてくれた恩人の方のように僕の心を救ってくれることはなかった
28歳で外に出て少し働き始め、母は応援してくれてるし恩人のおかげで心も寛容になれていたので
昔の僕が一番つらかった時に責めてきて助けてくれなかったことはまあ仕方なかったと思っていた
29歳の頃片思いしてる人がいてそれが失恋した時、母に落ち込んで話した
きっと
そんなことで落ち込むな それをバネにがんばれ
見返してやろうと思わんのか といつものように言われると思ったのだけど
母がボロボロと涙を流し泣いたのです
おかんはあんたが幸せになることを願ってるんや と言いました
その時、やっと この人は本当に僕の事を心から心配してくれているんや
この人は僕の味方なんや
絶対に信じられる と思いました
そしたらなんか元気が湧いてきて
その時は丁度農業を辞めて次どうしようかと思っていた時だったのだけど
すぐに次の仕事を探して働き始めました
僕は親に助けてほしかった
学校に行けなくなって自分でもわけがわからなくてどうしようもなかった時
ひきこもっていて毎日毎日何週間も何ヶ月何年間も
どうすることもできずただただ自己否定自己嫌悪焦燥感で生き地獄だった時
親に僕のつらい気持ちを聴いてほしかった ただ黙って聴いてほしかった
優しくしてほしかった 親に心を救ってほしかった 味方でいてほしかった
それが僕が14年登校拒否ひきこもりの親の会に参加し続けている理由です
親家族に責められる苦しさ この世で誰も味方がいない絶対の孤独
それは生きていてもつらく苦しいだけだ
親家族が味方になってくれたと思えるありがたさ うれしさは計り知れない
深い穴に落ちて何も救いも希望もない絶望諦めからの深い穴を照らす一筋の光のようだ
親の会でも最初親と話もできない状態だった子どもさんが少しずつ元気になっていき
親子関係が良くなり 普通の家庭ではありえないくらいの強いつながり信頼関係ができ
家族笑顔で子どもさんも元気にたくましく生きていっておられる話を聞いてきました
僕は親家族は あの生き地獄を生き抜いた戦い抜いた 戦友だと想っている
戦友は頼もしい
自分が一番つらかった苦しかった時に 親は何をしてくれたんだろう?
心配しながらも優しく見守っていてくれた 一人でいたい時そっとしといて休ませてくれた
優しい言葉をかけてくれた つらい気持ちを静かに聴いてくれた
おいしいご飯を作ってくれた
それはその子が今後の長い人生を生きていく力強い糧になる
人間を信じられる強くしなやかな、へこたれても立ち上がれる心の力になる
親家族 仲良くなってほしい
少しでも笑顔のある家庭になってほしい
ひきこもっている本人が少しでも何か楽しみを見つけて
生きてて良かったなとほんの少しでも思えるようになってほしい