なんとか7時前に自習を始められた。
今朝運転しながら、タイトルにもあるVonjoviの曲を聴いた、途端に浪人時代の通学路を思い出す。塾に向かう途中よく聴いていたからだ。
僕は、4浪して大学に入った。
浪人中僕は、勉強は崇高なものだと思っていた。未知を徹底的に分析して、既知に変えていく。実際、そのように考えて猛烈に勉強したが、うまくはいかなかった。簡単に言えば、コスパが悪すぎた。理解できなくとも何度も繰り返して覚えてしまえば良かったのだ。その頭の切り替えがどうしてもできなかった。
そして今、大学6年生の僕は大学でのテスト勉強を通して、(ずる)賢く点を取る方法を学んだ。あらゆる情報を駆使してテスト内容を想定し、その範囲内のみを反復して暗記していく。
それは、あの浪人時代にしていた時の崇高な勉強とは違い、ずる賢く薄っぺらい勉強な気がしてならなかった。だが進級のためにはそれが必要だった。
大学6年生の今ならわかる、「おそらく」どっちも必要なんだろうと。
「おそらく」と言ったのは僕自身未だにテスト勉強が大っ嫌いだからだ。しかも、こんなずる賢い勉強を浪人時代にやっていたら僕はもっと早く医学部に受かったんだろうと思うと、悔しすぎて、自分を呪いたくなる。
そしてその憎悪を原動力に、今日も僕は勉強をする。
もう2度と勉強でつまずいたりはしない。崇高な勉強とずる賢い勉強の両方を使い分け、必ず自分の理想とする医者になる。