正体という言葉を調べてみると、「隠されているそのもの本来の姿」であるらしい。


今回この言葉を題名にしたのは、僕自身、自分の正体とは何かを常々考えなくちゃいけないと思うからだ。なぜなら、そうしない限り、僕は必ず周りの人に悪影響を及ぼすと思うからだ。

例えば、大学で良くある場面で、後輩に勉強の仕方を教える時のことだ。自分の中では全身全霊を持って教えてあげている。素直に、誠実に、正しい情報を提供してるつもりでいる。だが、いつの間にかその後輩に自分をすごいと思って欲しくて言葉が出ているようになる。そんな自分に気づかずにいると、自己認識では「自分は全力で後輩のために尽くす良い先輩」と思いながら、実際は後輩のためにならない自慢話を延々する事になる。


なんて醜いのだろう。

このような醜さを僕は、時々自分の中に見いだすことがある。ただ、それは見出せた瞬間に、恐怖とともに安堵がある。なぜならそれは、自覚できた醜さだからだ。

本当に怖いのは、いつまでも自分が自分の醜さに気づかない事である。

このように、自分がどんどん醜い人間になっていくのを放置せずに防ぐ方法として、僕は冒頭に言った「自分自身の正体を考える」という事を習慣づけている

そして自分自身の正体を見つめる事によって、僕は自分自身の大まかな姿を把握し、またより良い自分への一歩を踏み出せると思うのである。