昨日は一日雨であった。

団地のベランダから僅かに見える丹沢の山々の裾が深く烟っていて、
足下に見える雑草や木々達にとっての恵みの小雨に洗われ、なんと綺麗なことであったか。

それと、歯科に予約を入れていたことをすっかり失念していて、慌ただしく仕事を早退させて貰った。

行き掛けに立ち寄った公園のベンチ、
わたしや人々の生活の中に埋没しきっているだろう景色の広がり、
頭上の木洩れ陽、
靴底の砂利のたてる音、
いい歳をしてもこの心許無さといったら........

父に関する全ての事務手続きのような事を私が取り仕切る形をとっているが、
父の今までの人生やその経緯すら一つのデーターとして扱っている事が堪らなく苦しい。
しかし、避け難い事は、やらなければならない事の別様なのだから、進めむ他ない。


社用車のガソリンが半分に減っていて、
そうしたことは運送課の誰かが給油して
くれるだろう、と高を括っていたら、
同乗していた新人の彼が気を利かせて、運送課の課長に知らせ、知った課長がヤードのiさんに伝言し、ヤードのiさんから言付かる。
会社のカードで支払いを使って給油をしてね、と。
もう私の心は重たい。

私は車の免許を取得して20年くらいになるが、ドライブを楽しいと思った事がない。

教習所で習っている最中の緊張と不安が20年持続したまま、とも言える。

車線変更を要する道を走らなければならない時は事前にグーグルマップでポイント確認をするし、
事前確認出来ないのなら走らない。
当然、高速に出た事も教習所の数回のみで、乗らないし、乗れないし、頑なに乗りたくない。
北海道の中部地域から網走や知床あたりとかオーストラリアとか、そうした広大さが必要だし、兎に角、人を絶対に怪我をさせたくない殺めたくない。

それでも、シレッと日々車通勤をし、何度となく社用車でヤードに出向いているのだが、
同乗者が居るときの私の饒舌さの本当の理由を彼等は知らない。又は過度の沈黙の理由も。

ガソリンスタンドでのカード払い給油も気が重いのだが、その理由のあれこれは割愛するが、
まあ馬鹿にはされるんだろうな、
と運送課の課長に、ソコから聞くのかといたった質問の数々を投げかけたら、懇切丁寧に近い感じであったのが意外だった。