夕刻、家の固定電話が鳴る。
固定電話の用事はたいていロクナモノではないので、わたしは電話には出ないし、出たくない。
何時も妻がさっさと出てくれるのだが、生憎妻は下の子と風呂に入っている。上のお姉ちゃんは炬燵につっ伏して寝入っているし、わたしの心は一日中萎縮しているしで、誰もうごかない。うごこうとしない。
居留守を使うときの電話の音はどうしてこうも長く感じるのか ?
幽かな義務感だけで虚ろに出ると義母で、
“今下にいるから$℃№‡で秋人ですからお願いしますね〜”
と切れた。
以前に、小田原の、うちの娘たちと同年代の娘さんが居る嫁方の親戚が、お古の洋服を良く自宅まで届けに来て頂いたので、
それか !、と、我に返り
秋人某はその叔父の名だった気もし、
寒空の下に待たせるわけにも行かず上のお姉ちゃんを起こし、サンダルを突っかけ二人で階下の路上へ。
が、それらしい車は無人で、
路駐の車を先々みて歩く先に、
老人ぽい人影が階段下で四つん這いになって固まり動かない。
あ、これは階段から落ちたか、と走りよると、顔面血まみれで鼻からもポタポタ垂れ続け、これでは駄目だと抱き起こしていると、
階段の踊り場に一人の工員らしい男性が現れ、今呼びましたからね、大丈夫ですよ、と老人に声をかけた。
男性は負傷した老人の発見者で、
ついで老人の奥様が現れ、
事の次第は、階下の雑草を鎌で刈っていた老人が急に立ち上がったため、どうやら立ち眩むは薄暗がりだわで、顔面から転倒したようだった。
タオルで処置をしたり、救急車は必要ないと負傷者が言いなぜか、老人は放置している錆びた鎌の事ばかり気にし、
お大事に、とわたしは娘と後にして
待っているだろう義母たちを娘と探すが、暗がりには人気すらない。
煌々と月。
何だったのか ? 何なのか ? 何だったのか ? ああ何なのか ?と、首を捻り捻り、
自宅に帰り、
妻に電話で義母へ事情を聞いて貰うと、
一人暮らしの義母の自宅電話が故障したと、そして義兄に新たな電話を購入設置を頼んだが、品が悪いのか設置方法をあやまったかで電話は役にたたず、
今、同じ公団の階下に住んで居る、秋人オジサンの電話から通話している ( ! )、が
何か用事があったら秋人オジサンの自宅電話に取り次いで欲しい。
と云う事であった...