Kさん撮影:蒸機現役時代 1972-74年夏 北海道機関区巡り | D51338の ほぼ蒸機ブログ

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物心がついた時から蒸気機関車が好き。
1970年代に撮った写真はプリントでわずかに残るのみ(泣)
今は関東近県の復活蒸機を撮影するのが楽しみ。
そんな写真を載せたいと思っています。
D51338は故郷の飛騨高山にいたカマです。
どうぞよろしくお願いいたします。

Kさんseriesです。蒸機現役時代 夏の北海道の機関区巡りとのことです。

代理投稿by D51338 1両ごと、細かいチェックをしてしまいそう(^^)

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Kです。今回は1972-74(昭和47-49)年夏の北海道撮影行の途中で撮影した、蒸気機関車のいる機関庫巡りの写真を大量放出します。

機関区内を見学させてもらったもの、駅ホームから遠望したもの、機関区というよりは折返し運用時の駐留・整備のための施設とかいろいろ入ってますが、撮影日時順に時系列で紹介します。

 

① 函館本線 五稜郭機関区 1972.8.11 

K少年、小学6年の北海道撮影行は、青函連絡船を降りてすぐ、函館の隣駅の五稜郭機関区からスタートしました。さすがに貨物輸送の大動脈の幹線、大きな機関車が止まっています。手前、デフに「檄」と書かれているのがD51367。その後ろ2両は巨大機関車のD52で、奥の方はD52468のように見えます。この年10月初めには梅小路蒸気機関車館に 静態保存されたカマですが、直前の8月末まで函館本線で走っていたようです。

② その手前のD52D52138①②とネガが傷んでしまい汚れもひどく不鮮明なのですが、プリント写真の方で番号を確認しました。このD52138、いつの間にかD52235とすり替わって(=D52235のナンバープレートをつけて)神奈川県相模原市の公園に保存されているそうです。

K少年がD52の現役時代を撮影したのはこの五稜郭機関区のスナップだけで、走行写真は撮れていません。

③ 千歳線 千歳 1972.8.12 

というのもK少年、この時はまだ蒸機撮影を始めたばかり。自分で撮影日程を作るほど経験がある訳ではなく、函館から釧路まで移動(但し旭川、網走経由)する間に機関庫のある駅で時間を使い、一部駅近の撮影地を巡るという、おそらく父親が考えて作った日程に従い母と私で移動していました。

五稜郭の翌日は室蘭本線鷲別(当時機関区がありましたが、駅ホームからは遠い所でした)から千歳へ。

千歳駅構内のはずれ、転車台のところに苗穂区のC58416

④ そして給水塔のところにはC5757C5757は室蘭本線のSL旅客列車終焉まで活躍したカマでしたが、昭和47年当時は苗穂区に所属。千歳-苗穂間の貨物列車の補機が主な仕事場でした。千歳線にはC57+D51重連がバンバン走っていたようで、もっと撮っておくべきでした。

ところで、給水塔の横に立っているのが、K少年の母上様です。

⑤ 手宮線 手宮 1972.8.12 

この後小樽へ移動。運用表だとC623が入るはずの普通列車を塩谷寄りの坂で待ちましたが、残念ながらこの日はD51くんの日。おそらくかなりガッカリして、手宮駅に向かいました。北海道鉄道発祥の地でもある手宮線は現在も小樽市内に廃線跡が残り散策することができますが、当時はD51の貨物列車が一日に何本か入線、加えて入換用のC12が手宮の構内を走り回っていました。手宮駅の給炭台のところで、小樽築港区のC12225

手宮線無煙化の後1974年春に何と九州吉松区に転じ、検査切れのC56に代わって山野線で貨物列車を牽いたそうです。

⑥ 旭川機関区 1972.8.13 

その翌日はおそらく711系の急行電車で旭川に移動、ここでは旭川機関区をしっかりと見学させてもらいました。お目当てのC55の写真は後ほどの回でお出ししますが、今回はギースル煙突から煙を噴き上げるD51167

後方に扇形車庫の一部が見えています。

⑦ 釧路機関区 1972.8.17 

旭川の後深川機関区に立ち寄り(これも後ほど)、その後は北見、網走経由で釧路の母の実家へ。滞在中に釧路機関区を訪問し見学させてもらっています。転車台の向こうの扇形庫の中には、不鮮明ですがC58C11が顔を前に向けて並んでいます。

⑧ 釧路機関区の転車台の上のC5882(北見区)。

釧網本線を走り通して来たのでしょう。機関車の後方、扇形車庫とは別の建物だと思いますが、屋根が立派でいかにも工場っぽくて良いですね。

⑨ 倶知安機関区 1973.8.4 

ここから翌昭和48年の撮影です。山線D51撮影の途中の倶知安駅で、給水塔・給炭台の前の79618。倶知安機関区のキューロクは7961xといった近い番号が揃っていて、二つ目&屋根上給水加熱器つきの特徴ある姿をしていました。給炭台の向こう側にはD51の姿も見えます。

⑩ 79618のサイドビュー。

後方はキハ22ですね。それよりこの写真で気になって仕方がないのが、山のてっぺんにあるスキーのジャンプ台。これ、吹きっさらしで、超怖くないですか?? 長野オリンピックの団体金メダルを陰で支えた日の丸テストジャンパーたちも、ここで悪天候だったら尻込みしてしまうのではないでしょうか。

⑪ 岩見沢機関区 1973.8.5 

機関区の建物の前で。手前がC5738、後方はカマボコドームのD51です。

⑫ 帯広機関区 1974.8 

1974年の撮影行は道東、道北を回って釧路に滞在した後、帰り道はまず帯広に寄ってから室蘭本線、夕張線、幌内線などを訪れました。帯広駅のホームから機関区方向を見ると、広尾線、士幌線のキューロク4両の姿が見えます。帯広には9600形式8両ほどが在籍、19754月まで活躍しました。

⑬ 図体の大きい給水塔のあたりをアップにしてみると、先頭にいるのは19671。帯広機関区の僚機9654とともに右運転台に改造され、入換専用機として活躍していましたが、197553日の広尾線サヨナラSL列車では9654との重連で先頭に立ち、その後広尾線の愛国駅跡に保存されているそうです。

※D51338追記:右運転台の9600:9654,19603,19622,19670,29622,39636,39683,49606,49612,49615,49645,49658,49671,49698,59601,59602,59610,59654,69622,69690,59609?(29622と入れ替わって保存のようで?)ここまで21両

右運転台の8620:48667,48674 今のところ2両

⑭ 旭川機関区 1972.8.13 

最後に、旭川機関区の方に撮ってもらった、当時小6のK少年と母親です。母は小柄で身長150cmくらいだったのでそろそろ背は抜かしていますが、K少年、コロコロしてますね()。その後中1にかけ背が伸びて、キューロク状態からD51(駆け足も遅くはなかったので、C61😊)くらいには戻ってます。D51338さんの高校生の頃のようなC55, C57とは行きませんでしたが。

以上、最後に突然登場して大変失礼いたしました。

次回からは北海道にいたレアもの機種を行きます。

そうするとD61C55が出てくるのは目に見えてしまいますので、その前に、レアとまでは言えないですがD51の戦時型、1000番台の写真を探して集めてみました。引続きご笑覧ください。