Kさん撮影:2010.5.29 AIZUマウントエクスプレス キハ8500さよなら運転② | D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!”

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物心がついた時から蒸気機関車が好き。
1970年代に撮った写真はプリントでわずかに残るのみ(泣)
今は関東近県の復活蒸機を撮影するのが楽しみ。
そんな写真を載せたいと思います。
D51338は故郷、飛騨高山にいたカマです。

本日はKさん撮影シリーズ。20105月、会津鉄道のAIZUマウントエクスプレス、名鉄から移籍したキハ8500形のサヨナラ運転の模様、全2回の後半です。 代理投稿 by D51338

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Kです。会津鉄道キハ8500形のサヨナラ運転の後半、今回は帰り道方々の撮り鉄編をお届けします。

 

① 会津若松駅 ばんえつ物語号編成が喜多方寄りの待避線に推進運転で引き上げた直後、14:11発の郡山行「快速あいづライナー」が入換えて1番線に入線するところです。

このころのあいづライナー用485系は、赤と黒のあかべえ色でした。

② 同 あかべえ色のクハ481をアップで撮影すると、大小さまざまな「あかべえ」たちが描かれています。

窓の中のシートが大きいので、指定席車両でしょうか。

③ 同  485系あいづライナーを先に通した後、ばんえつ物語号編成を牽いてC57180が駅構内側線へと移動するところ。

手前の会津鉄道、只見線ホームには、13:50発の会津鉄道「会津浪漫」号がスタンバイ中。「お座トロ展望列車」といって、お座敷、トロッコ、展望の各車両が連結された3両編成です。最後尾の展望車両はJRキハ40からの改造車両だとのこと。私たちもこの列車に乗車しました。

④ 同 側線に待機するばんえつ物語編成の写真ですが、右側の駅ホームに会津浪漫号の姿がないので、発車した同列車の最後部展望車両の車内から撮影したようです。この後C57180は客車を置いて扇形庫に移動し、折返しに向けた整備に入ります。

⑤ 会津鉄道 湯野上温泉駅 「会津浪漫」号の停車中に駅舎をバックに撮影。湯野上温泉駅は会津鉄道開業の1987(昭和62)年に茅葺き屋根の民家風に改築されたもので、実際に駅舎内では囲炉裏に火が灯されるなど、とても風情のある駅舎です。会津浪漫号、写真の黄色い先頭車両は2016年に引退し、現在は2両編成で運行されているようです。

⑥ 会津長野駅 

再び鬼怒川温泉駅から折り返してくるキハ8500系を、周囲を田んぼと山に囲まれた会津長野駅付近で撮影することにしました。

会津鉄道になって国鉄時代から駅名が変更された駅の方がむしろ多いくらいなのですが、ここ会津長野は国鉄会津線の頃のままの駅名。

この駅名の看板も国鉄時代からのものではないかと思われます。

⑦ 田島高校前-会津長野 

会津長野駅ホームから、低い盛り土の上の線路を近づいてくる会津若松行AIZUマウントエクスプレスキハ8500形を撮影。

⑧ 同 最接近したところをアップで撮影。

サヨナラのヘッドマークと日章旗がちょっと寂しげです。

⑨ 同 会津長野駅のすぐ手前の区間をサイドから撮ると、田植えの終わったばかりの田んぼで水鏡になっています。⑦⑧と⑨と、ひとりで両方は撮れないので、⑨は同行したN氏が撮影したデータをもらったのだと思います。

N氏は実家の農業を継ぐため会社を退職。長野県須坂市の果樹農家で、昨年の千曲川水害では大きな被害を受けたかと思いますが、今年の年賀状に力強いメッセージが書いてあったので大丈夫なのだろうと思います。

⑩ 会津下郷駅  撮影したキハ8500に乗車し、3つめの会津下郷駅で下車。国鉄会津線時代は楢原駅でした。

咲き誇るツツジの植込みの横を会津若松に向け発車して行きました。

よく見ると列車の屋根の上のあたりに会津特産の桐の花が咲いています。

⑪ 帰り際に会津田島駅にて、保存されている門デフ装着のC11254

佐賀県の松浦線をメインに活躍したカマで、蒸機現役時代の最後に早岐区から会津若松区に移籍。K少年も只見線で撮影したことがあります。

夕陽を浴びる姿、今にも走り出しそうですね。

 

次は20155月、C6120SLばんえつ物語号の先頭に立ったときの写真を紹介します。このときは撮影に行かれた方も多いのではないでしょうか。

引続きご覧ください。