宮沢賢治はベジタリアンだった


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宮沢賢治はベジタリアンだった(健康基礎講座)
http://nagaipro.com/an/?p=48943


【引用開始】

あの古代ギリシア哲学者も、フランス人作家も、宮沢賢治も菜食主義だった!

ベジタリアンと肉食者が真逆の運命をたどることを、既に彼らは氣づいていた!

そして、どうぶつを犠牲にしない社会を思い描いていた・・・


「注文の多い料理店」「風の又三郎」など数多くの文学作品を残した宮沢賢治は、実はベジタリアンとしても知られています。今でも多くの作品が親しまれていますが、その根底にはベジタリアンの思想があると言われています。


宮沢賢治は21歳のときに肉食をやめました。友人への手紙に「私は春から生物のからだを食うのをやめました。」とベジタリアンになったことを宣言しています。


初めて肉食に嫌悪を覚えたのは、盛岡高等農林学校生のとき、隣の獣医科で解体実験されるどうぶつのもがき苦しむ悲鳴を聞いてからと言われています。


それ以前に菜食主義者の本を読んだり、そのことについて考えたことはありましたが、肉が好きでよく食べていました。しかし、殺される時の叫び声を聞くと、とてもかわいそうで食べる氣になれなくなったといいます。


宮沢賢治がベジタリアンになった動機は、書物や人からの言葉によってではなく、殺されて食べられるどうぶつの悲しみを感じたからでした。


幼い頃から虐待されたり殺されるどうぶつをかわいそうに思う精神があった上に、その様子を目の当たりにしたことで、自分の命をつなぐためにどうぶつの命を奪い、犠牲にしてはいけないという考えがはっきりとしたのでした。


宮沢賢治にとって理想的な食べ物は、血をきれいにする野菜をはじめ、
穀物や豆類、果物、木の実などの植物性植物を主に食べて、身体の浄化とそれに伴う魂の浄化を図りました。


魂の浄化とは「生命を重んずる」「命を奪わない」精神です。


裕福な家に生まれましたが、自立した生活をしようと親からの仕送りを拒否し、農民生活をしました。


「人は食べるために生きるのではなく、生きるために食べる」という思想をもっており、野菜を作ったのも食べるためにではなく生きるためにだったと言われています。


畑で野菜を作りながら、文章を書いていました。賢治の作品には、果実がよく登場します。果実は、その実に命が詰まっています。実を食べられても、生命の核となる真ん中の種子は食べられずに残る。


または食べられても消化されずに体の外に出されます。それが地面に落ちて、芽を出して果実をつけます。次へと命をつないでいきます。


プラトンなど古代ギリシアの哲学者達は社会でベジタリアンの思想が広がることを理想としていました。


肉食をする以前は平和で穏やかな時代だったけれど、肉食が始まったことで戦争も起こったと考えていました。


彼らの説では、家畜が飼われ、農耕社会が出来ると、家畜と土地、生産物、労働力の所有が起こり、私有財産制が発生する。すると、所有物の奪い合いが起こり、さらに戦争を起こす。戦争を生むのは穀物食をする人々ではなく、肉食をする人々が暴君と支配者を生み出すからであるとされています。


フランスの作家ルソーもまたベジタリアンでした。ルソーが理想として想像する人間の自然状態では、生存に第一に必要な食物は植物の実と小川の水でした。


自然に生きる人はどうぶつの同胞だから肉は食べず、どうぶつが分け合って食べる果実を人間も食べていました。肉食どうぶつは、獲物を奪い合うが、果実を食べるどうぶつは奪い合うことなく分け合い、争いもなく平和に暮らしている、というものでした。


宮沢賢治のベジタリアンの思想は、肉食の不利や菜食の利点を一個人の人間の内側だけに留めておくものではありませんでした。この地球に存在する全ての生き物と自然、全世界を平安と幸福に機能させることだ。


飽食と飢餓に二分され、病んだ環境におかれている地球、戦争と殺し合いによって愛する人々を失っている人類、肉食と虐待によって生命と種を奪われているどうぶつ達。菜食は、この崩壊しつつある世界を再生する一つの手段としていました。


ご紹介した方達は、どうぶつや人間に起きた問題をちゃんと受け止めて、それを解決する手段としてベジタリアンの思想を掲げ、自ら実践していました。肉を食べない、どうぶつを殺さないことは理想郷ではなく、極めて現実的なことなのです。


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