彼女の名前は随分前から知ってました。

最初は‥何だったっけ?確かソーシャルアントプレナーか何かの記事を見たんだっけ。

動く絵理子さんを見たのはこの情熱大陸が初めてで、経歴だとか写真のお顔で受けた印象とはすこし違っていた。

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番組はバングラデシュの街並みから始まり、60分のほとんどは彼女の働く街や工場など身の回りにフォーカスされていました。


たった一人、外国人として26歳の彼女はこの地で何人かの現地の人たちを雇いバッグを作る会社をやっている。



彼女は幼少時代いじめに遭い、強くなりたいとなんと工業高校の男子しかいない柔道部に入部する。
そこで県大会で入賞し、部活を引退した頃から受験勉強を初めて慶應SFCに合格するというとんでもない快挙を成し遂ました。


大学時代は貧困問題に興味を持ち、国連の組織でインターンをしたけど、彼女はそこでなにか違和感を感じたという。

『実際にやっている仕事は毎日がデスクワーク。数字ばかり追いかけているなかで途上国にどのように役だっているかなんて、ここにいたら分からない』


結果彼女は大学を出てバングラデシュの大学院に入学し、地域研究をしながらずっと現地を見つめていました。

そこで見つけたのはバングラデシュのメジャーなジュートという繊維だったんです。

ジュートとの出会いから、『ファッションはバングラデシュという国をいまの状況から変えられると思うんです』と彼女は言いました。


『アジア最貧国』



この言葉を検索エンジンにかけ、国連にまでインターンした彼女はなぜあっさりそのキャリアを降りたのか。

『みんなは国連とかそういう所をすごいのになんで・・って言うかも知れないけど、

それは自分で確かめたことじゃないでしょ?
メディアや他人が言ったことに従って進めば失敗したときにその人のせいにするでしょ?
自分で確かめて進んだら誰のせいにもできない。これなら納得できる。』


彼女の工場の男性は言う。『お金を寄付することでこの国は復興するのは難しい。物乞いが増えるからさ。でも彼女は仕事を与えているからこの国を良くしていると思う。だから私もお金のためじゃなくここで働いてるのさ』