今年もあと残すところ数日となった。
世情はいよいよ険しく、不透明性は増大していっている。
問題の本質は既に解っていながら、解体、脱構築できない惰性が支配している。
なるようにしかならない、という楽観主義はいささか問題だ。
実害が及ぶかどうかの問題ではなく、実存問題、動機付けの希薄さがもたらす“世界”が面白いのか、つまらないのか、という問題が実は究極的だと思う。
成熟社会は消費の“強度”の問題でもある。
ほとんどの文化が再帰的にしか享受できない“世界”において、つまらない世の中になってしまうのは“マズイ”ことだ。
それこそ“ナウシカ”的な人間の存在の排除へと向かう。
いや、いいのだけどもね、人間が絶滅しようと。
特に無機質な虚宇宙が漫然と機動しているだけだから・・・
しかしそれは人間がいなくなった世界。
いる間は少なくとも実存の糧を模索する。
だから“マズイ”世界になるのは困るのだ。
ナショナリズム、レイシズムに向かわずに、この惰性を一掃する処方箋はないのだろうか・・・
あれば苦労しないね。
スローフード、
日本にはなじめない、理解できない運動なんだろうな・・・
世代間共有の細分化、それを可能にした資本主義の消費段階。
薄っぺらな共有を当てにできない社会で、これからの高齢者は実存を確保できるのか。
暗闇の嵐はこれから吹き荒れる。