
*Verma et al. Circulation. 2004より
今回は冠動脈バイパス術についてお話したいと思います。
冠動脈バイパス術には大きく分けて、心臓を止めて行う手術と心臓を動かしたままする手術と2種類あります。
心臓を動かしたままする場合は、人工心肺装置といって心臓が止まっていても全身に血液を送れる機械をサポートとして使う場合と、そういった機械を使わず行う場合があります。
心臓を止めるために心臓内に注入する心筋保護液の進歩や、スタビライザー・ハートポジショナーといった血管を吻合するところだけど吸引固定したり、心臓の位置を調整できる器具の登場により、心臓を止めても、動かしたまま手術を行っても安全に手術を行うことができるようになりました。
1. 通常の冠動脈バイパス術(conventional CABG; coronary artery bypass grafting)
心臓を止めて、人工心肺装置をつけて手術を行う冠動脈バイパス術のことです。全身に血液を送るため、心臓から出てすぐの大動脈に送血管と呼ばれる管を挿入し、全身から戻ってきた血液を機械に回収するために、脱血管と呼ばれる管を右房に挿入して手術を行います。心筋保護液を注入することで、1回20-40分程度安全に心臓を止めることができます。
長所:心臓を止めているため、術者が血管を縫いやすいように心臓を自由に傾けることができます。また、心臓が止まっているので血管を吻合することが、心臓を動かしたままと比べると簡単になります。人工心肺装着中は急な血圧低下や不整脈などのトラブルが起こることがありません。
短所:心臓を止めたり、人工心肺を装着することで体にやや負担がかかります。そのため、心臓を動かしたままの手術と比べると人工呼吸器を外すのにかかる時間が伸びたり、集中治療室に滞在する時間が長くなる傾向があります(死亡率などは心臓を動かしたままする手術と差がないと言われています)。
2. 心拍動下冠動脈バイパス術(オフポンプ手術、off-pump CABG)
心臓を動かしたまま、機械(人工心肺装置)のサポートなしで行うバイパス術です。心臓の血管は、左に2本(左前下行枝、左回旋枝)、右に1本あり、手術の際は、心臓の正面、横、そして裏側に血管を縫う必要がでてきます。そのときの状況に応じて、心臓をひねったり、ひっくり返たりしないといけませんが、手術補助器具(スタビライザー、ハートポジショナー)の登場により安全にこの手術が行うことができるようになりました。
長所:体の負担が心臓を止める手術より軽いと言われています。人工呼吸器をはずす時間が早くなり、集中治療室を退出する日数も短いと言われています。また心臓を止めなくていい(大動脈を遮断する必要がない)ため、脳梗塞を起こす危険が低いとも言われています。
短所:心臓を動かしたままするので、心臓を大きくひねったり、ひっくり返したりすると、血圧が突然下がったり、命に関わる不整脈が発生したりします(もとに戻らない場合は緊急で人工心肺装置を付ける必要があります)。また、心臓が動いたままなので、血管をきれいに吻合するためには高い技術が要求されます。
3. 人工心肺補助下心拍動下冠動脈バイパス術(on-pump beating-heart CABG)
心臓は動かしたままですが、人工心肺補助装置をサポートとして装着して行う冠動脈バイパス術をこう呼びます。
長所:心臓は動いているので、完全に心臓を止めて行う手術よりは体の負担が軽いと言われています。人工心肺が装着されているため、急な血圧低下や不整脈が起きても命に関わる危険は少なくなります。
短所:心臓は動いているので、心臓を動かしたまま行う手術に慣れていない人間が手術を行うと、心臓を止めて行う手術より手術時間が長くなってしまったり、綺麗な血管吻合が難しくなる場合があります。
この他にもMIDCAB(ミッドキャブ:低侵襲冠動脈バイパス術)といって小さい傷で行う冠動脈バイパス術や、カテーテル治療と組み合わせたHybrid CABG(ハイブリッド冠動脈バイパス術)というのもあります。
現在、日本では施設の60%以上が心臓を動かしたままのオフポンプ手術というものを行なっており、残りが心臓を停止して行う従来通りの冠動脈バイパス術を行なっています(私自身はオフポンプ手術を多く行なっていました)。
どちらの手術がより安全か。いろいろな意見がありますが、その1つに、その施設が一番慣れている方法で手術を行うことが、患者さんにとっても一番安全との報告もあります。
もちろん、患者さんの状態によっても手術の方法を調整した方がいい場合があります。
治療をしないといけない血管がいっぱいあったり、血管を先の方につなげないといけないため、心臓をある程度大きく動かす必要がある人は心臓を止めて手術をしたほうが安全でしょうし、動脈硬化がすすんでいて手術中に脳梗塞を起こす危険が高い人は、心臓を動かしたままの手術の方が向いているかもしれません。
毎回書いていますが、手術の必要があると言われた場合は、きちんと担当の先生の説明を聞いて、自分にはどの方法が一番あっているのかを確認して手術に臨むようにして下さい。