
「血管ってとっても大丈夫なんですか?」
患者さんやそのご家族に冠動脈バイパス術の説明をしたときに、高い確率で聞かれる質問がこれです。
答えは、「大丈夫です!」
大丈夫でなかったら、そもそもバイパス術を行うための血管として採取することができません。
「とは言っても、本当に、本当に大丈夫なんですか?」
疑い深いあなた。それはするどい質問です。
もともとどこかへ血流を送っていた血管を採取するわけですから、確かに何かしら不都合なことが起こる可能性はあります。
一般論としては、血管というものはネットワークを構成しており、1つの血管がダメになっても、他の血管を経由してきちんと血流が流れるようにできています。そのため、採取した血管があった場所は、もう血液が流れることは出来ませんが、その代わり別の血管を経由して血流を流し続けることができるため、一部の血管においては採取しても大きな問題がないのです(ということは小さな問題はあります)。
下記に、冠動脈バイパス術の血管として使える血管の特徴をご紹介したいと思います。
1. 内胸動脈(ないきょうどうみゃく)
冠動脈バイパス術においは、この血管に勝るものがない一番長持ちする血管です。
胸骨という胸の真ん中にある板状の骨の両脇を走行しており、胸骨や肋骨に血流を送っています。
長所:使うことのできる血管の中で一番長持ちします。血管の根元が鎖骨下動脈という血管につながっており、そこから血流をもらうことができるため、中枢側をぬいつける必要がありません。大きな問題がなければ20年以上もつとも言われています。10年の開存率は90-95%という報告があります。
短所:糖尿病がある患者さんで、両方の内胸動脈を使用していまうと、胸の傷の治りが悪くなり感染を起こしてしまう可能性があります。また、ごくまれに血管に動脈硬化が起こっており、期待する血流が確保できない場合があります。
2. 橈骨動脈(とうこつどうみゃく)
腕の肘から親指の付け根にかけて走っている血管です。小指側に尺骨動脈という別の動脈があるため、採取しても手の血流には大きな影響はありません。ただ、尺骨動脈がいたんで血流が低下している患者さんは使用することができません。10年から15年程度はもつと言われています。
長所:大伏在静脈といわれる足の静脈よりやや長持ちすると言われています。静脈より血管が大きくないため、細い冠動脈にぬいつけないといけない場合は、サイズのミスマッチが少なくてすみます。
短所:血管を採取するときに神経を損傷すると、手術のあとに手がしびれることがあります。また、近い将来、透析をする必要がある人は、この血管がないことにより透析時に必要となるシャントを作ること(静脈にカテーテルをさして十分量の血液を機械に回収できるように、動脈と静脈を縫い付ける手術)が難しくなることがあります。
3. 右胃体網動脈(みぎいたいもうどうみゃく)
胃の裏側(下側)を走っている動脈です。
長所:内胸動脈と同じように血流を根元の血管からもらうことができるため、中枢側をぬいつけなくていい血管です。
短所:胃にくっついていた血管なので、とどく場所が心臓の下側をはしっている冠動脈のみがターゲット(右冠動脈の先の方)になります。右胃体網動脈の血流はそこまで強くないため、縫いつける場所の血管(冠動脈)の血流が強いと、この血管(右胃体網動脈)がはやくつまってしまう危険があります。また、お腹の血管であるため、手術の傷口が通常より大きくなります。
4. 大伏在静脈(だいふくざいじょうみゃく)
足の太ものの内側表面からふくらはぎ、足首にかけて走っている静脈です。足1本分の長さの血管が採取可能です。10年程度もつといわれています。
長所:動脈のグラフトより縫いやすいです。ぬいつけるとき、長く血管が採取できるので、血管の長さの調整がしやすく、いろいろな場所に縫いつけることができます。血管の大きさにもよりますが、根元を縫いつけるときは自動吻合機という機械を使って縫いつけることもできます。
短所:静脈は動脈より血管が広がりやすいので、縫いつける血管の大きさとのギャップが大きくなる時があります。動脈のグラフトと比べるとやや長持ちしないと言われています。心臓に血液を返す血管を採取するため、手術のあとは足が腫れることがあります。また、血管を採取するときに神経を損傷すると、手術後に足がしびれたり、皮膚の感覚が低下することがあります(通常、運動機能には問題がありません)。
以上が、一般的にグラフトとして使われている血管の種類でした。
それぞれ特徴があるため、どの血管がどれくらい悪くなっているか、患者さんの状態によって使った方がいいグラフト、使わない方がいいグラフトが別れてきます。
グラフトの血管の性状がどれくらい保たれているか、血管を採取するときに血管を傷つけずに採取できるか、縫いつけるときに綺麗なデザインで吻合できるか、などもつなげた血管を長持ちされるために重要な要因となります。
また、血管をつなげた後は超音波の機械や特殊な塗料を血液に混ぜることなどで、つなげた血管が綺麗に流れているかどうかを手術中に確認することも出来ます。