自分の中のジンクスに「心配した患者さんほど経過がスムーズ」ってのがあります。

医療が進歩してくると、以前なら手術しなかった人も手術の適応にはいってくる。
そんなときに自分たちが思うのは苦労した患者さんのこと。
やっぱ、大変な思いをした分、鮮明に記憶に残るんでしょうね。

不穏(ICU症候群)になってあばれまくった人。
人工呼吸器がはずせなくて気管切開になっちゃった人。
嚥下障害をおこしてなかなかご飯が食べれなくなった人。
傷がぜんぜん治らなくて、長い間消毒が必要になった人。
おしっこがでなくなって透析をしなくちゃいけなくなった人。
感染症を起こして熱が下がらない人。
不幸にも命をおとした人。

昨日手術したのは82歳のおじいちゃん。
最近、歩くと左足が痛くなるとのことで近くの病院から紹介があった。
検査すると両足とも外腸骨動脈(お腹の大動脈から2股に分かれて足にいくそこそこ大きな血管)が閉塞していた。

症状も強いので普通なら手術を検討する。

ただ、問題点もてんこもり。
1.82歳という高齢者。
これだけでも大きな問題。80をこえて生きてる人は、そこまで生きたってことで元気な人が案外多い。でも80はやっぱ80。ときにしてこっちの想像をこえるトラブルが発生したりする。
2.塵肺症
職業病の一つ。呼吸機能検査をすると肺の機能がだいぶ落ちていた。今回の手術は足の血管のつまった場所が両足の大きな血管なので手術は全身麻酔でしかできない。そうなると、手術の終わったあと人工呼吸器がなかなかはずせない可能性がある。
3.脳梗塞
右の首の血管が細くなった既往があり、それに対して手術もしている。そんな訳で頭のCTをとったらやっぱり脳梗塞があった。症状もでていない小さなものだったけど。そうなると、手術の影響で脳梗塞をまた起こしちゃう可能性がでてくる。
などなど。
他に、肝障害や腎障害、出血や感染症。
今回は開腹して手術をすることになったんで、それによって生じる合併症の数々。
あげていったらきりがないほどの問題がある。

そのため本人・家族にも長い時間かけて説明をする。
話しながら「手術はもういいです」って言われるんじゃないかと思いながら。

ほとんどの人は大なり小なりの合併症がでても最終的には元気に帰っていくことが多い。
でも中には不幸にも大きな後遺症が残ったり命を落とす人がいる。
それは可能性の問題であり予測が難しいことも多々ある。

手術をする側として一番悩むのはそこ。
外科医の思いは「手術して良かった」と思われること。
特に心臓血管外科の領域は「機能改善」を目的とした手術が多い。
だから手術をした場合の効果と合併症の起こる危険性をいつもてんびんにかけて考える。


82歳の男性。
平均寿命を大きくこえている。
ただ、頭もしっかりしていてお元気。
足の症状には結構困っている。

手術がうまくいけばかなりの確率で足の症状の改善は期待できる。
ただ手術に伴う合併症の危険性もそこそこある。

肝心なのは、その現状をつつみかくさず話すこと。
手術した場合のメリット、デメリット。
手術しないとどうなるのかなど。
それに自分だったらどちらを勧めるかも意外に大事だったりする。


このおじいちゃんの場合は本人・家族が手術を選ばれたので昨日手術をしました。
手術の後、不穏になるんだろうなぁ。
お腹がちゃんと動くかなぁ。
ちゃんと足まで血が流れるといいんだけど。
いろんな思いを背負いながら。

手術は順調に終了。
特に大きなトラブルが起こることもなく。
足の脈もよく触れるようになった。
人工呼吸器もしばらくははずせないと思っていたけど手術室で抜管。
その後も調子は良好。


心配してあれこれ悩んだ人ほど、意外になんの問題なくスムーズに退院したりする。
不思議なもんです。