ちきりんの「おちゃらけ」は全然笑えない | リベラル日誌

ちきりんの「おちゃらけ」は全然笑えない

今、日本で最も時代遅れな団体=「経団連」 Chikirinの日記


まかり間違えば世界恐慌の引き金にもなりかねない欧州債務問題を大きな要因として、停滞と不安が日本社会に暗い影を落としている。少しでも安定した就職先に入りたいと望む新卒学生は大手企業に殺到し、数百社にエントリーをしても1社も内定できない学生が大量に溢れているようだ。


ニューヨークの「グラウンド・ゼロ」では米同時多発テロで命を落とした人々を悼むように、世界貿易センタービル跡地に人口の滝の水が注がれている。日本も3.11東日本大震災という予期せぬ悲劇を経験し、震源地域のみならず、日本全体に今も尚、その爪痕は大きく残されている。しかしながら人々は再生を目指して、瓦礫の撤去作業や港の開港など日々奮闘し汗を流している。


そんな中、僕はあるブログを読んで、あまりの暴論に心が痛んだ。それは著名ブロガーちきりんの『今日本で最も時代遅れな団体=「経団連」 』というエントリーだ。最初に断っておくけれど、僕はちきりんとは一面識もなく、彼女自身を冒涜するつもりも、個人攻撃をするつもりもない。ではなぜここで取りあげるのかと言えば、その内容にあまりにも違和感を覚えるからだ。


ちきりんはこのエントリーで次のように述べている。『製造業が悪いとは言わないけれど、日本が過度の製造業依存から抜け出す必要性があることを、ちきりんは何度も書いてきています。最近の経団連はなにかというとすぐに「日本から出て行かざるを得ない」と(政治家や国民)恫喝するけれど、狼少年みたいなことばっかり言ってないで、出て行きたければ出て行けよ!って感じです。』



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(出所:OECD資料より筆者作成)


このグラフは、2008年における国内総生産を経済活動構成別に色分けしたものである。この構成比によって、各国における産業構成比が把握することができる。産業構造の変化を長期的に見ると、所得の上昇によって、第一次産業から第二次産業、さらには第三次産業へと変化することが知られている。実際、主要先進国の産業構成比は、第三次産業の割合が高くなっている。こうして見ると、確かに主要先進国と比較して、日本の製造業の割合は高いことが分かるけれど、ドイツ、韓国も同じくらい高い割合で推移している。また日本は、教育、健康、対地域社会・個人サービスの割合が先進国の中では非常に高いことが読み取れる。




リベラル日誌
(出所:ILO LABORSTAより筆者作成)


このグラフは2008年の就業者の産業別構成比を示している。主要先進国は、産業構造の重心を水産業から製造業、製造業からサービス業に移し、それに伴い、就業構造を変化させながら経済発展を遂げてきた。実際、日本、欧州、米国の傾向をデータで見ると、第三次産業に該当する部門の割合が約7~8割に及んでいる。日本も含めて「製造業」の割合は20%を割り込んでいる。


産業別GDPと就業者の産業別構成比を見ても、製造業はわずかに20%程度であるし、この数字は年々減少している。これが過度の製造業依存と言えるのだろうか。さらに資源国でない日本において製造業が重要であるということは言葉に出すまでもない。今後も、製造業と金融、そしてIT産業などの知的サービスをバランスよく成長促進に活用する事が重要なのだ。


日本経団連についても、僕はちきりんとは全く逆の考えだ。確かに、当初経団連は法人税減税を引き出すための戦略の1つとして「日本から出て行く」と主張していたと思うが、震災以降は本気で警告しているのではないだろうか。これは、トップ企業のいくつかがさらに一歩進んで、研究開発機能やマザー工場機能の一部を海外に移転するようなニュースが増えてきていることからも容易に想像できる。


これまでに日本の経営者は、欧米の企業と比較しても、自国でビジネスを展開することにこだわってきた。法人税の高さや規制の多さを鑑みても、合理的に考えれば、とっくの昔に日本から出て行くという選択肢があったにも関わらず、彼らがそれをしてこなかったのは、国内雇用をできることなら守りたいという意志であろう。ちきりんの言うように「とっとと出て行けよ!」と言われれば、喜んで出て行くだろうし、残るのは空洞化に泣く多くの国民だ。もしちきりんが過度に製造業に依存していると考えているのであれば、尚更のことであろう。


製造業は日本が世界に誇れる産業の1つである。こんなに数多くの企業の名前が世界中で知れ渡っている国は、他に存在しない。日本の製造業はこれまでも、そして今後も、日本が世界経済の中で生きていくうえでの、日本にとっての最大の武器なのである。


さらにちきりんは製造業の代替産業について次のように述べている。『中国など新興国の工業化に伴い、日本の「脱製造業依存」がこれだけ言われながら、何年もの間全く話が進まない最大の理由は、製造業に代わる“日本を代表する産業”が他にひとつもでてきていないからです。…略…民間人の中にはこの点に関して、アメリカやイギリスを手本にし、IT産業や金融産業を押す意見も多いのですが、前に「日本に金融業は無理!」 というエントリで書いたように、ちきりんはこの国に金融業が向いているとは思えません。IT産業については「金融業よりは相当マシだが、まだまだこれから」という段階でしょう。…略…製造業の代替産業として、ちきりんが一番可能性があると思っているのは「ホスピタリティ」産業です。』


僕はこのあまりにクレイジーな意見を読んで、呆れてしまい読むのを放棄しそうになったが、しょうがないから最後まで読んだ。


僕の主張は単純だ。「産業と金融は男と女のように切っても切れない関係」ということだ。言い換えれば、産業力の強化のために、金融力の強化が必要であるし、資本主義経済である以上は、金融抜きに経済、産業活動を運営することは事実上不可能なのだ。さらにこれほど高度化し、グローバル化した現代で生活し、尚且つ金融業界出身者が「金融業は日本人には無理!」と吐いて捨てた所に大きな衝撃を受けた。


本格的な議論をする前に、世界の金融市場の概要を見ていこうではないか。08年時点で、世界の株式市場の時価総額は21.2兆ドルで、世界最大の市場は米国であり、時価総額構成比は43.9%、続いて日本が10.8%、ロンドンが7.9%、フランスが4.4%、ドイツが3.6%となっている。さらに世界の債券市場の時価総額は86兆ドルで、世界最大の市場は、これまた米国で36.4%、続いて日本が11.5%、ドイツが7.0%、フランスが5.7%、イギリスは4.8%である。


つまり株式市場、債券市場共に、米国には大きく突き離されているけれども、どちらも世界で第2位の市場を保有しているのが日本だ。確かに日本の金融業界はグローバル競争力が高いとは決していえない。だけど、その未成熟さが原因で、本来日本が得意であったはずの「ものづくり」にまで影響を与えているのでないだろうか。


日本は企業の関わるM&Aは金額的に少なく、未だにM&A後進国である。エクソンモービル、IBM、AT&Tのように世界の有力企業のほとんどは、大型M&Aを実行することによって巨大化してきた。ハイテク時代、グローバル化時代を生き残るのは「規模の経済」が重要であることは言うまでもない。つまり適切な金融業の運営は経済を活性化させ、企業に競争力をつける後押しになるのだ。それはS&P世界株式指数(製造業対象)時価総額上位10社に、米国企業がほぼ独占していることからも明らかだ。幸いにも、日本には既に世界有数の市場ができあがっている。後はイギリスやアメリカをロールモデルとして、株式の資金調達やM&A業務を強化すれば十分に世界と戦えるはずだ。


金融業界の最大の役割は、少ないコストと短い時間で、産業界の求める資金を提供することである。それはベンチャーキャピタルによる新興企業への投資やヘッジファンドも重要な役割を担う。こうしたリスクマネーが大量に存在したからこそ、米国では、アップル、インテルのようなベンチャービジネスが成長したのだ。世にでてくる前のフェイスブックにしても、グーグルにしても、アマゾンにしても、アイデアはあるけれど、十分な資金を持たない優良ベンチャー企業は無数に存在する。こうした企業に投資するシステムが整っていなければ、いくら優良企業であっても成功することはできない。ちきりんの言うように「日本のITはまだまだ」かもしれない。でもそれは一部では金融業務の未成熟さが原因であるかもしれないのだ。また企業再建や産業再編についても、金融業務の力が必要不可欠だ。こんなことは、金融業界発展のためにアタマを使って尽力してこられたちきりんには自明のことかとは思うが。



最後に代替産業が「ホスピタリティ」産業という件については、本当に恐れ入った。ちきりんは「金融業なんて向いてないし、東証も要らない 」というエントリーで、日本に国際金融センターは必要ないし、能力的に無理だと述べている。金融業なくして、サービス業が発展するとでも本当に考えているのだろうか。釣りネタとしてもあまりにもあまりにもあまりにもである。


東京が国際金融センターとしての機能を持つことは、日本経済全体にとって大きなプラスだ。金融が栄えれば、付随したプロフェッショナルサービス、つまり法律、会計、税務なども栄える。そして知的ビジネスが集合することになれば、ホテル、飲食、空港、交通、教育機関などにも大きなメリットがでてくる。つまりは「ホスピタリティ産業」の力を強くしたいのであれば、金融業の力を強くする必要があるし、何より世界的なビジネスセンターが存在することになれば、必然的にサービス産業は発展する。サービス産業だけにフォーカスし、強化しようというのは、あまりに愚かな考えだ。


こうして考えていくと、ちきりんの述べる、「製造業は日本から出て行け!」、「日本に金融業はいらん!」という理論がいかに日本にとってマイナス効果があるかということが分かるだろう。ちきりんさんには是非、その素晴らしい書籍「自分のアタマで考えよう」のタイトルのように、もう少し思慮深くなって頂き、これからも世の中の知的サービスという分野で貢献してもらいたいと願うばかりだ。最後に、こうして僕が疑いを持ち、色々調べることによって、様々な考えができたのもちきりんのおかげであることを述べておきたい。ひょっとしたら、トンデモ発言をすることによって、読者に洞察力と思考力をうえつけさせようと考えているのかもしれない。そ、そ、そうだったのか!



参考文献

はじめてのグローバル金融市場論
セイヴィングキャピタリズム

日本経済今度こそオオカミはやってくる

日本はなぜ貧しい人が多いのか