旅はブロンプトンをつれて

旅はブロンプトンをつれて

ブロンプトンを活用した旅の提案

日本の古本屋で欲しい本をサイト検索していたら、中野駅近くの「古書うつつ」に在庫があることがわかりました。
中野かぁ、全然知らないなぁと思いながら営業時間をみたら「不定休 営業時間:午後~夕方 ほとんど開いていません」と書いてあります。
なんとアバウトな…でも古本屋さんには珍しくありません。
店主の気が向いたときだけ開く本屋さんはほかにもありますから。
一応念のため電話をしてみますが、案の定誰も出ません。
しょうがない、教会の帰りに寄ってみるかと思いました。


さてとある日曜日、ミサが終わるのが9時で、渋谷から山手通りを北へ、とりあえず東中野方面へ向かいます。
本当は東大駒場校舎裏の通りを直進し、そのまま中野通りに入って北上した方がダイレクトに中野駅へ出られるのは知っていましたが、営業時間は午後(それもいつなのかわからない)からだし、ミサの前で何も食べていないしで、新山手通り沿いを走って、どこかにファミレスがあったら朝食を食べながら読書をして時間調整しようと思ったのです。
現在、カトリックでは「ミサの前はできるだけ飲食しないように(聖餐式だから)」という努力目標になっていますが、古くからの信者さんにきくと、昔はそれこそ「水一滴飲んではいけない」だったそうです。
家から教会まで自転車で走っている私には、文字通りの「渇く…」になってしまいます。

その時代の信者じゃなくてよかったと思いながら、新山手通りを北へ向かいます。
ところが、途中牛丼店はあったものの、ファミレスはどこにも見当たりません。
神田川を渡って、以前秋に色づいたイチョウが美しかった中野本町の曹洞宗成願寺まで来て、まずい、このままでは行きすぎると思いました。
止まってスマホで検索すると、この先の中野坂上交差点付近にファミレスがあることがわかりました。
便利な世の中だと思いながら、滅多に来ない中野坂上で遅い朝食をとりながら、読書をしておりました。
こういうとき、ドリンクバーのあるファミレスは便利です。
飲み物片手に好きなだけ本が読めますから。


お昼も過ぎ、だんだん混んできたころになって、「そろそろ中野へ行くか」と思い、ここ中野坂上から中野までどの道を通って移動するかを検討します。
もちろん、私は中野区の道には不慣れです。
地形をみると、中野坂上はその名の通り大地の上で、北西の中野駅との間には、神田川の支流である桃園川が横たわっています。
つまり、中野坂上から中野へ自転車で向かう際には、坂を下ってからお向かいの坂をのぼるということになります。
以前、川崎市麻生区と東京都多摩市の境にある黒川七ツ谷にブロンプトンをつれて、自転車の走行に有利な地形の読み方を考えたとき(https://ameblo.jp/cum-sancto-spritu/entry-12511130598.html)のおさらいをしましょう。

中野坂上→中野のように、出発地と目的地の間に谷が横たわっていて、しかも谷を挟んで正対していない、今回のように中野坂上より中野は桃園川をはさんでやや上流部のお向かいの台地の上にあるような場合、谷を下る際にはできるだけ位置エネルギーを利用して、まっすぐ谷間へ下るのではなく、斜めにくだって距離をかせぐべきなのです。
みると、宝仙寺の門前に自転車がやっと通れるおあつらえ向きの路地があります。
これを北西に進み、中野区立本町通り公園という三角公園に出たら右、左とクランクし、芸能人御用達学校の堀越学園の校門前をすぎれば、かなり西の桃園川上流方向へむけて谷間を下ることができます。


こんどは桃園川を渡って、といっても暗渠になって川は見えないでしょうが、お向かいの台地へ登る道です。
この場合、支流の谷があればそれにそって登るのが、等高線が緩やかな登りとなり、もっとも理にかなっているわけです。
地形図をよく観察すると、中野駅の東側(新宿寄り)に、桃園川から分かれて中央線の線路の向こう、つまり中野駅北口方向へ回り込むように伸びているおあつらえむきの谷があるのでした。
これをのぼってゆけば、目指す中野ブロードウェイ近くに駅前の喧騒を回避して、そろりと近づけそうです。
ところで、私はオタク文化にはあまり興味が無く、中野ブロードウェイはたんなるアーケードに毛が生えたもの程度にしか考えておりませんでした。
そのなかにある古書店がどういう意味を持つのかも、もちろん深く考えませんでした。
なんたって、「中野って、貴乃花部屋があったところでしょう。昔インタビューしていたし」という位しか認識がなかったのです。

さて、スマホを固定するホルダーはありませんから、ルートファインディングの訓練とばかり、ポイントを幾ヵ所か覚えてファミレスからブロンプトンで乗り出しました。
中野坂上交差点から青梅通りを西へゆき、宝仙寺の門前に出たらお寺の境界に沿って路地を進みます。
途中左手に保存された煉瓦塀があり、これが山政醤油醸造所の遺構だそうです。
なんでも青梅街道沿いの山政家がここで醤油をつくっていたそうで、明治の頃は醤油や味噌の醸造、そば粉の製造は中野名産だったとか。
そのまま三角公園を左に見て明徳稲荷神社の前で突き当たります。
通った日は偶然に祭礼を行っていました。
中野区も住宅街の中に入ると下町のような感じになります。
右に折れて直進すると行き止まりなので、二本目の路地を左折し、だらだらと細道の坂を下りてゆきます。
右に見える学校らしきものが堀越学園なのですが、校門がちょうど進行方向と逆向きで、いきおいよくくだってゆくと見落とします。

坂を下りきったところで突き当たるので右折すると、すぐ暗渠上の緑道となった桃園川を横切り、その先で大久保通りを堀越学園前信号で渡ります。
その先右左とクランクして城山中央通りに入ります。
低層アパートが両側に並ぶ一方通行の路地ですが、この辺りが桃園川の谷間から支流の谷間へと入ってゆくあたりです。
お総菜屋さんの角で今度は左右とクランクし、城山本通りと交差して直進、その先で中央線の線路をくぐってから二本目の文園通りを左折、もみじ山通りを信号で横断して道なりに行くと、打越天神北野神社を左にみます。
今日はお祭りの日なのか、ここでもお囃子が鳴ってお神輿が出ています。
そのままゆるゆるとのぼってゆくと突き当りが中野駅北口のふれあいロードになります。

私は全く分からないので、一度駅前に出て「ブロードウェイってどこですか?」と訊いてしまいました。
すると、ブロードウェイというのは、上階部分がマンションになっている、巨大なテナントビルのことで、私が勘違いしていたアーケードの中野サンロードを奥へ入ってゆくと、そのまま入れるということでした。
自転車を曳きながらサンロードをゆくと、ビルの中へ続く商店街が、目指す中野ブロードウェイでした。
入口からして、銀河鉄道999のメーテルの不気味な人形が立っており、ノリは完全にお化け屋敷です。
中に入って案内板で「古書うつつ」を探しますが、どこにも見当たりません。

ネットによるとここの2階にあるはずなのですが、ブロンプトンをたたんで曳きながらくまなく探しても、全く見当たりません。
それにしても、噂には聞いていましたが、中野ブロードウェイの中は、カオスなのでした。
漫画やアニメのフィギュアが並んでいたかと思うと、演歌のカセットに古い時刻表やオカルト雑誌など、見る人が見れば旅心をくすぐられるのかもしれません。
全然見当たらないので、地階におりて案内所の警備員さんに聞いたところ、何も表示が出ていないし、まだやっていなければシャッターが閉まっているはずということです。
ところで「うつつ」という言葉ですが、「うつつを抜かす」とか「夢うつつ」から幻とか「心ここにあらず」のことだと勘違いしやすいのですが、「うつつ」は「現」と書いて、意味は真逆の現実とか正気なさまをいいます。
「うつつをぬかす」=「現実が抜ける」です。
ただ、難しいのは意味の三番目に「うつつ」一語で「夢心地」とか、「正気を失った状態」という使い方があり、これが混乱のもとになっているようです。

仕方なしに、ここと思しきシャッターの前から電話すると、13時半から営業とのこと。
仕方なしに、あまり興味はないのですが、地下から3階までディープなお店をひやかしてまわる羽目になりました。
教会の帰りにこんな偶像崇拝な場所に寄っていいんかいなと思いながら、時間が来たので古書うつつさんへゆくと、目指す本は倉庫から取り寄せになるので後日来てくださいということでした。
ああ、もう一回来るんだ、ここへ。
なんでも週末の13時半から17時くらいまではお店が開いている確率が高いそうで、後日、取り寄せ完了の電話をいただいた後に、もう一度教会の帰りにブロンプトンでゆきました。
今度は、ちゃんと午後1時半に着くように調整してゆきました。
「古書うつつ」はうつつにありましたよ。